閉められた襖から孫の手を引き足早に距離を取るお鶴は今、鬼殺隊炎柱・煉獄杏寿郎に心からの感謝をしていた。
『お、お婆様っ!お婆様見ましたかっ!』
「気を鎮めなさい灯華!」
『だって!扇子を片手で折ったのですよ!?凄い力です!』
「柱なら当然ですっ。気にするべきはそこではありません!」
トタトタと音を立て歩いていたが、灯華が急に立ち止まったことで少しばかり体がフラついた。不思議に思い振り返ると、複雑そうな表情を浮かべた孫と視線が絡んだ。
『お婆様、杏寿郎さんが何を話されるのか聞きたいわ』
「いけません!立ち聞きなどはしたない事ですっ」
『でも最後の言葉をお聞きになったでしょう!?』
「……」
部屋を後にする際煉獄が言ったことを、やはり気にしていた様だ。自分はてっきり孫の興味は扇子を折った煉獄の力に向けられているのかと思っていた。
『少しだけですっ。さあ、戻りましょう』
「(この性格は、完全に私の血筋ね…全く)」
若干好奇心を含んでいる青色の瞳を呆れながらに見つめ、忍足で部屋の近くまで進みしゃがみ込んでいる灯華の背後に歩み寄った。
「(俺は席を外せと言ったのだが…全く、彼女らしいな)」
部屋の外から思いきり伝わってくる灯華とお鶴の気配を感じ取り、煉獄は心の中で微笑した。そして、扇子を折った手を離すと驚愕し腰を抜かしている父と放心寸前の息子を交互に見つめ口を開いた。
「君たちに使う時間が惜しいので手短に話す!」
「…っ!」
「灯華は息子殿にはやれない!」
「な、な、な、にを勝手にっ…!」
ああ、なんとゆう時間の無駄。
「貴方は愚か息子殿では彼女を守れない!はっきり言って非力だ!見れば分かる!そしてその下品な目が嫌いだ!金輪際灯華を視界に入れないで欲しい!」
「(どうしてこいつはこんなにも無礼なことを潔く言えるんだ!)」
俺は今日も生きられた。明日も生きるだろう。明後日も、明明後日もだ。けれど灯華はそうじゃない。進行し始めた病がいつ彼女の命の炎を消してしまうか分からないんだ。だから俺は、俺の時間(命)を灯華と過ごすために使いたいのだ。悪いがこいつらのために割く時間は僅かもない。ああ、早く終わらせなければ…もう5分は無駄にした。
「オレ、オレはっ、お前が来なきゃっ…!」
「俺が来なければなんだ!」
「ひぃっ…!」
「言ってみろ!喋れる口があるのだから!」
「っうぅう…」
「今から少々厳しい事を言うが、今後の君の為に辛くとも受け止めろ!」
「(うぁぁっ、も、もう言ってる!言ってるだろさっきから!)」
目を固く瞑り冷や汗と涙をダラダラと流し、初めて会い見える煉獄杏寿郎という強者を前に完全に怖気付く。圧倒的な威圧感、この場を一人で支配できるほどの存在感、言葉だけで相手の心を還付なきまでにへし折る屈強さ。敵わない。同じ人間なのかさえ疑わしく思えた。煉獄は体を震わせる息子に対し少しばかり真剣な眼差しを向けた後、あろうことかその肩に手を置き「気合いを入れろ!」と言葉をかけた。
「男に生まれたのならば、愛した者を守れる力を持たねば駄目だ!俺は彼女を守る力も自信もあるが、君には今、その力はないと分かるな?」
「…っ!」
「それに君には覚悟も足りていない」
「……かく、ごっ?」
「うむ!自分の命を賭けてでも、愛した者を守る覚悟だ」
あれほどまでに自分を罵り、縁談まで邪魔された相手だというにも関わらず…なぜか煉獄の強い眼差しから、目が逸らせなかった。真っ直ぐで迷いのない、隙すら見えない完璧なもの。自分が一番、欲している物だと感じる。
「俺は灯華の為に死ねと言われれば腹を切る」
『(…杏寿郎さんっ)』
「毒を飲めと言われれば喜んでそうしよう。そうゆう覚悟と強さを与えてくれる、本当に心の底から愛せる者と出会い守れ!」
「………」
「君は灯華に対して、恐らくそこまでの感情は抱けない。何故か分かるか?」
「な…ぜ…?」
その瞬間、見開かれていた目が穏やかに細められ優しい温かな微笑みを向けられた。
「灯華は君よりも、ずっとずっと強い女性だからだ」
閉め切られている部屋のはずなのに、何でか温かな風が吹き抜けたようだった。敵わない、何もかも。彼女を想う気持ちでさえ天と地との差があった。煉獄は息子の肩から手を離し、ゆっくりと立ち上がると腕を組みまたいつもの調子で口を開いた。
「話は以上だ!今すぐ帰ってくれ!」
「「……はっ?」」
「終わりだと言った!俺は任務明けで腹が減ってるしな!」
「(さっきの良いコイツはなんだったんだ!!)」
入り口に向かい襖の取っ手に手を掛けた煉獄。さてさて、今の話を盗み聞きしていた灯華は一体どんな顔をしているだろうかと考えながら開いた襖。ひょこっと顔だけを覗かせ少し視線を下に下げると、しゃがみ込んで顔を真っ赤にしている灯華と目が合った。その後ろではお鶴が小さく微笑んでいる。
『(き、きき杏寿郎さんっ!!)』
自分を視界におさめるなり肩を揺らした灯華。気配から分かる、もういろいろと感情が入り混じり困惑しているのが。そんな純粋な灯華に優しい笑みを向けた煉獄は、部屋から出て彼女の前に立ち少しだけ腰を折る。
そして小さく両手を広げて「おいで」と華奢な両手を握りしめると、横抱きになるよう灯華を軽々持ち上げてさらに満足そうに微笑んだ。
「朝食は君の手料理が食べたい!」
この男、炎柱につき…
(火傷にご注意下さいませ…)
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