二人が話す座敷部屋から少し離れた場所で気配を殺し、お鶴は孫娘の吐露された心の声に目頭を押さえた。弱音を吐くな、病という枷を理由に煉獄の想いから逃げるなと叱咤激励をしたが、人間そう簡単に自分の弱さを変えられる生き物ではない。それができる鬼殺隊の柱たちの精神力が異常と言えるのだ。
だが、だからと言って自分の幸せから目を逸らす必要はないのだとお鶴は心の声で灯華に訴えかけた。

『…弱気なことを言って、ごめんなさいっ』

溢れそうにはなるが涙は流さない。気持ちが暗い方にばかり向かってしまう自分に対してのささやかな抵抗だった。病を理由に嘆き悲しみ泣くことは、ここまで育ててくれた祖母の後押しを無にするようなものだと考える。そんな、さまざまな葛藤と向き合っているであろう灯華に視線を向けたまま、煉獄は微動だにせずその思いを全て受け止めていた。
そして、少しばかり思考を巡らせたあと…いつものように口角を上げて自信に満ちた表情を浮かべた。

「不安に思うことはそれだけか?」
『えっ…?』
「婚姻を結ぶことに躊躇う理由はそれだけかと聞いている」
『…ふ、不安は、いろいろとありますが…』

煉獄の言葉に伏せていた瞳をパッと上げる灯華。気のせいなのか彼は自分の思い、病持ちという現実を全く意に返していないように見えた。

「よし!ならば全て聞くとしよう!」
『えっ?あ、あの…杏寿郎さんっ…?』
「俺は君の不安を出来る限り取り除きたいと思っている」
『…どうしてそこまでっ…』
「大切な人だからだ。それ以外に理由がいるか?」

全ての意見を跳ね除けてしまいそうな煉獄の問いに、灯華が唖然として言葉を失う。

「俺がどう思っているかは考えなくていい!」

自信に満ちた言葉と表情、煉獄という男の前では自分の悩みすら小さく見える。

「俺は全てを背負う覚悟だ!君がどんな不安を抱えていようとも、俺ならば支えていける自負があるからな!」
『…っ…』
「このような役目(鬼狩り)を担っている為、心配や悲しい思いをさせていることに申し訳ないとは思っているが…。藤の花の家紋の家に育ち、その誇りを持って毎度俺を送り出してくれる君の支えがあるから、俺は自分の責務を全うすることができる」

灯華は決して、弱い人間ではない。
病で亡くなった母を知る煉獄には、それが分かる。
控えめで謙虚ですぐに自分を過小評価するところは弟の千寿郎によく似ているが、彼女の心の深い部分には、強い芯がある。だからどうか…。

「だから、"自分などで良いのか"なんて言葉は不要だ」
『…っ…』
「灯華でなくては意味がない」
『杏寿郎さんっ……』

ああ、お婆さま…。
これは病に気圧され、嘆き悲しむ涙ではありません。
これは…。
この涙は…。

「だから君は、安心して俺に全てを任せるといい」
『…っ…』
「こうして生きている間も、例え死人となっても、必ず君を守ると約束するよ。どんな状況になろうとも、俺は君のそばにいる」

嬉し…涙です。

『杏寿郎さんっ…』
「ははっ…。泣かせるつもりは、なかったのだが…」
『…私っ…ぐすっ…私もっ…』
「?」

こんなにも簡単に、自分の不安を取り除いてしまった煉獄の温かい愛情と強さに触れて、灯華の目からポロポロと涙が溢れ出す。抱えていた百合の花に落としていた視線を上げ気持ちを伝えようとすると、全身を捉えていたはずの煉獄の姿がすぐ目の前まで移動していて先日のように両頬を包み込まれ強制的に視線が重なった。

「私も、なんだ」

優しく穏やかに細められた瞳に、とくんと胸が高鳴る。

『…っ。…私もずっと…』

頬が染まり、歓喜に溢れた思いを抱える胸が苦しい。

『…ずっとずっと…っ…ずっと、杏寿郎さんのお側にいたいですっ』

目を固く閉じ涙を流しながら、精一杯の気持ちを煉獄にぶつける灯華。幼子のようなその純粋さに、笑みを深めずにはいられない。愛おしくて、愛おしくて、仕方がなかった。

「そうか、よかった!」
『…大好きです、杏寿郎さん…っ』
「…!」
『…ぐすっ…。…幸せですっ。抱きしめて下さい…』

花束を置き、ぐすんぐすんと鼻を啜る灯華が煉獄に向かって控えめに両手を伸ばす。少し驚いたような表情を浮かべ大きな目をぱちぱちと数回瞬きさせたあと、そのあまりの可愛さに煉獄は笑顔を見せて自分よりも遥かに華奢な体を力強く抱きしめた。

「俺は君が愛おしくて仕方がない!灯華!」
『私もずっと、お慕いしていますっ。杏寿郎さん…』


百合のを胸に抱いて

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