「あ、あの…」
「はい…。…あら?」

藤の花の家紋が印された門の前、打ち水をしていた従者の一人が訪れた少年の姿に目を丸くした。紅葉の葉のように燃える色をした髪に、特徴的な眉の形。数日に一度、足繁くこの屋敷に訪れるあの方にそっくりではないかと驚愕する。しかしいつものような自信に満ち満ちている様子が見られず、逆にどこか不安げで頼りない。見間違いだろうかと従者が目を凝らし少年に一歩近づいた。

「父の遣いで参りました。煉獄千寿郎と申します…」

名前を聞いてハッとした従者は、打ち水用の桶を置いて両手を叩き笑顔を浮かべた。

「どうりでっ…!!」
「…?えっと…。お鶴様は、御在宅でしょうか?」

控えめにそう問いかけた少年の手には、白百合の花束が握られていた。



「随分体調が良いみたいだけど、いい事でもあったのかい?」
『え?…わ、分かりますか?』
「病は気からと言うくらいだからね」
『実はとっても嬉しいことがあって…』

薬湯の入っていた湯飲みをおぼんの上に置き、二週間に一度往診にやって来るかかりつけの医師にふわりと幸せそうな笑みを向けた灯華。顔にシワの増えたこの医師とは幼い頃からの付き合いなので、家族同然の会話ができる間柄だ。
いい事、といわれて思い浮かぶのはやはり想い人の穏やかな笑顔。大きく変わった関係性が嬉しくて、表情にも体調にまで現れていたようだ。今も先日のことを思い出し、一人『ふふっ』と声に出しニヤけてしまった。

「何はともあれ、そういう精神状態でいるのが一番の薬だよ」
『はい。ありがとう、先生』

灯華の幸せそうな姿を見てニコッと人の良さそうな笑みを浮かべた医師が、医療道具の詰まった鞄に手をかけゆっくりと立ち上がる。その瞬間、縁側を擦り歩く足音が近づき襖に影が浮かび上がった。少しだけ野太い女性の優しい声が、灯華を呼んだ。

「灯華ちゃん診察は終わった?お鶴さんが呼んでるよ」
『今終わりました。すぐに行きます』
「では私はこれで失礼するよ。お大事にね、灯華」
『先生もお気をつけて』

往診に来ていたかかりつけの医師から薬を受け取り、日々の過ごし方、食事など気をつけるべきことが書き記された用紙を受け取る。見送りは従者の者に任せて、人を待つのも待たせるのも嫌いな祖母の元へ急いだ。

「あの子、嬉しいことがあったみたいだけど。知ってる?」
「あらやだっ、聞かなかったんですかい?」
「?」
「例のあの鬼狩り様と、近々婚姻を結ばれるんですよっ」
「えっ!?本当にっ!?そりゃめでたい!!!」

小走りで縁側の角を曲がり、姿の見えなくなった灯華を見つめながら二人は心からの笑みを浮かべた。



「しばらく見ない間に、千寿郎様も大きくなられて…。益々兄上様に似て参りましたね」
「あはは…。似ていると、よく言われます」
「そうでしょうねぇ。瓜二つですもの」
「兄上には遠く及びませんが…」

優しく穏やかに微笑んだお鶴を前に、千寿郎も力無く可愛らしい笑みを浮かべる。初対面ではあるが父親の知り合いとわかっているので安心して話をすることができた。自分の歳の倍以上を生きているお鶴に対してもきちんと背筋を伸ばし正座で対面する。若くも礼儀を弁えられる、賢い子だとすぐに分かった。

「あ、そうでした。…父から貴女宛に、手紙を預かって参りました」
「槇寿郎様から?」
「はい。…こちらになります」
「まさか千寿郎様は、わざわざこれを届ける為にこの様な場所まで?」
「そうです」
「(あの飲んだくれめが…)左様でございましたか。御足労を…」
「いえ、大事な務めを担わせて頂き光栄です」

どこまで出来た子なんだと思わずにはいられない。見た感じではまだ十の歳を過ぎて間もないくらい。だが幼い少年の口から出てくる言葉にしてはやけに大人びていた。恐らくは本をたくさん読み、勉学に励んでいるのだろう。関心の眼差しを向けるお鶴に対し、千寿郎は控えめに持っていた荷の中から手紙を差し出し手渡した。
槇寿郎の近状は人伝に聞いているから周知済みだが、手紙すら自分で届けられなくなったのかとお鶴は心の中で苦虫を噛み潰した。

「あと、百合の花をお渡ししろと言われたのですが…」
「…!」

傍に置いておいた花束を抱える千寿郎。瓜二つのその容姿が、花を贈り続ける兄の姿と重なって見えた。元より白百合は灯華の母が好きだった花。それを彼女の夫と親友であった槇寿郎は、いまだに忘れずにいてくれていたようだ。

「とても綺麗な花ですよね。お鶴さんがお好きな花なのですか?」

優しい表情で抱えている白百合を見つめる千寿郎。お鶴はそんな千寿郎に優しい視線を向けると、ゆっくりと首を振りその問いに答えた。

「私ではなく、孫娘が好きな花なのです」
「えっ?…お孫様が、ですか?」
「ええ。千寿郎様も、今よりもっと幼き頃に…」
『お婆様、灯華です』

まだ物心がついていないほど幼かった千寿郎の小さな手を引き、兄である杏寿郎と父親がこの家に来た時のことを思い出し話をしようとした瞬間、それを遮るようにして聞こえてきた声に視線を襖に向けたお鶴。吊られるように千寿郎も顔を動かした。

「やっと来ましたか。…入りなさい、灯華」
『失礼します。お婆様、何か御用で……』
「!!」
『…しょう、か……(!?)』

襖をゆっくりと開けた灯華の青い瞳に千寿郎の姿が映り込み、視線がばちっと重なり合う。すると一瞬のうちに眼球が飛び出るのではないかというくらいに灯華の目が見開かれ、両手で口元を覆って驚愕する。人一人分しか開かなかった襖から急いで中に入り、お鶴の後ろにしゃがみ込んで両肩に手を添えガタガタと肩を震わせた。

『おおおおお婆様っ!杏寿郎さんが幼子になっています!』
「灯華…」
『こ、これが話に聞いていた"血気術"という所業ですか…!?』
「馬鹿な発言はおやめなさい。鬼など関係ありません。こちらの方は…」

お鶴の右の手の平が、目の前で不安そうな表情を浮かべている千寿郎に向けられる。そしてー、

「杏寿郎さんの、弟君ですよ。灯華」
『…えっ…』


小さな

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