「全くお前はっ…。千寿郎様に失礼でしょう」
『すみません…』

お鶴の鋭い視線に気圧されながら、一通りの説明を受けた灯華は恥ずかしさのあまり身を縮め謝罪の言葉を口にした。その様子を何も言わずに見守っていた千寿郎は、灯華と視線が重なるとハッとして頭を下げた。

「ご挨拶が遅れてすみませんっ。煉獄千寿郎と申します!」
『あああ、いえっ。私の方こそっ。孫の灯華と言います』

互いにペコッと頭を下げ合う。

「孫が無礼なことを言って申し訳ありません。昔から病弱であまり屋敷の外に出たことがない故、無知な箱入り娘でして…」
『お婆さま…何もそこまで…』
「あ、いえ。気にしていませんので、謝らないで下さい」

頭を上げて再び灯華に視線を向けると、ふわりと優しい笑みを向けられ千寿郎の頬が染まる。とても可愛らしい方だなと感じながらオドオドと視線を逸らし、抱えていた百合の花を差し出した。

「あ、あのっ。父がこれを、灯華さんにと…」
『槇寿郎様が私に?…とても嬉しい、ありがとうございます』

わぁぁ…と顔を綻ばせて花束を受け取る灯華。その笑顔は美しい百合の花にも劣らぬほど可憐に見えた。柔らかな栗色の髪に空よりも深い青色の瞳。昔一度、会ったことがあるだろうか。初対面のハズがどこか懐かしい感覚を覚えた千寿郎は灯華の笑顔につられてふにゃっと柔らかい笑みを浮かべた。

「千寿郎様はしばらく我が家に滞在なさるのですね」
『え?そうなのですか?』
「父にはそう言われましたが…急なことでご迷惑では…」
「手紙にもそのように書いてあります。歓迎しますよ」
『「(いつの間に読んだのだろうか…)」』

読んでいる素振りは一切見受けられなかったと思うが、お鶴の謎めいた早技に千寿郎と灯華は内心驚きを隠せなかった。父からの手紙には、この家に滞在する許しを得られるような内容が書き記されていようだ。隊士でない自分がどうしてと疑問に思ったものの、とりあえず滞在することの許可を得て千寿郎はホッと胸を撫で下ろした。このまま家に帰っても、理不尽な理由で怒鳴られそうな気がしていたからだ。

「では家の中を灯華に案内させましょうね」
「ありがとうございます」
「まず客間へ御通しして、荷解きをして頂きなさい。それから案内を」
『分かりました。では参りましょう千寿郎君!』
「は、はいっ。お世話になりますっ…」

嬉しそうに立ち上がった灯華は百合の花を抱えながら千寿郎を手招きし、襖を開く。千寿郎も荷物を持ちお鶴に対し一礼してから、いそいそと灯華の後について行く。

「酒に溺れても、義理堅い男だこと…」

懐にしまった手紙に手を添えて、お鶴は小さくそう呟いた。



「あの、灯華さん…」
『はい?』
「聞いてもいいですか?」

滞在中はこの部屋を好きに使ってくれていいと言われ通された客室で、荷物を解いていた千寿郎がぴたりと手を止め振り返る。色鮮やかな花の入った花瓶を棚の上に置いた灯華は、千寿郎の問いに答えるべく対面する形で腰を下ろした。見れば見るほど兄杏寿郎と瓜二つである。

「僕は以前にも、貴女にお会いしたことがありますか?」
『え?』
「ああいえ、その。何となく、そんな感じがしたので…」

八の字に下がった眉が困り顔を作り出し、目の前にいる千寿郎はまるで子犬のように見えた。

『ふふっ。ええ、実は昔一度だけ』
「…!やっぱりそうでしたかっ。懐かしい感じがしました」
『まだ千寿郎君がよちよち歩きの頃ですよ。お兄様の杏寿郎さんに手を引かれて、お父上と三人でこの家に』
「そんなに前から…。兄はよくこちらに来られるのですか?」
『えっと…聞いていませんか?』
「何をですか?」
『………』
「?」

灯華は全てを悟り口を紡いだ。兄である杏寿郎に弟がいることは知っていたし、仲が良いことも知っていた。彼は本当に家族思いで唯一無二の弟である千寿郎のことを常々気にかけている。今回自分たちが婚姻を結ぶことになった時も、すぐに報告しなくては!と嬉しそうに意気込んでいた。だからもう知っているものだと思っていたのだ。

『いえ、何でもありません』
「え?」

兄と自分が夫婦になるんだということを。
きっと任務が忙しく手紙を書く時間がなかったのだろう。千寿郎がどんな反応をするか楽しみだと言っていたし、自分から話をしてしまうのは野暮だと考え、灯華は喉まで出かかった言葉を呑み込むことにした。

「あ、あの灯華さん?兄上は何か…」
『それにしても、本当に大きくなられましたね千寿郎君!』
「え、あ、はい…。あの、兄上は…」
『今にも私の背を追い抜きそうですっ。いくつになられたのですか?』

質問を見事に流されている。だが目の前にいる灯華があまりにも嬉しそうに自分との再会を喜んでくれている様子なので、これ以上詰め寄るのは気がかりだがよそうと決め弾丸のように飛んでくる質問に答えていく。
それにしても、曖昧な記憶の中に居た優しくて花のような笑顔を向けてくれる人物が、灯華なのだと分かって本当によかった。濃いモヤがかかっていて断片的にしか思い出すことはできないし、物心などついていなかったかもしれないが…。

『またお会いできて嬉しいです、千寿郎君』
「はいっ。僕もです!」

幼子の自分はこの優しい笑顔が心底好きだった気がすると、今実感することができたから。


いつか見た芽がを咲かせて

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