「母上!母上見て下さい!」
「どうしたのですか杏寿郎」
「灯華が母上にと花を生けてくれました!」
「まあっ…」


千寿郎を身籠った母の出産が間近になった頃のことだ。
灯華の生けた花に魅せられた幼い杏寿郎が、嬉しそうに小さな花瓶を瑠火の前に差し出し、最近仲良くなったばかりの少女の話しをし始める。美しく生けられた白百合の花を見つめながら、瑠火は切長の目を優しく細め大きくなったお腹を撫でた。

「とても綺麗です。私の部屋に飾るわ」
「はい!棚の上に置いておきます!」

そう言って縁側に座っている母の横を通り過ぎ、開け放たれた襖から部屋の中へ入ると杏寿郎は持っていた花瓶をそっと棚の上に置き、満足そうな笑みを浮かべる。そんな息子の姿を見つめたあと、瑠火は杏寿郎の名を呼び自分の隣に座るよう手招いた。

「灯華は?」
「お鶴様と話をしています」
「そう。…杏寿郎は、あの子が好きなのですか?」
「えっ…!?」

母からの唐突な問いかけに、びくっ!と小さな肩を揺らす杏寿郎。少しばかり悪戯な笑みを浮かべて微笑んでいる瑠火は、随分と分かりやすい反応をする素直な息子だと愛おしさを感じた。左右上下に大きな目を泳がせ、「えっ…と」と言葉を詰まらせる杏寿郎。頭のいいできた子であるから、問われた"好き"の意味をきちんと理解しているのだ。

「杏寿郎、灯華は良い子です。貴方は見る目があるようね」
「母上…灯華には内緒にして下さい…!」
「ふふっ。分かっていますよ」

告げ口されては困る!というような表情を浮かべている幼い息子の初恋に、微笑ましいと思わずにはいられない。まだ知り合ってからそう月日が経っているわけではないので、きっと一目惚れというやつなんだろうなと憶測を巡らせた。

「では、杏寿郎が灯華を守ってあげなければなりませんよ」
「僕が?」
「そうです。力のある者が弱い者を守るのは責務です」
「……」
「今はまだ分からずとも、必ず理解できる日が来ますよ」
「は、はいっ」
「それに、女の子は強い男の子に憧れを抱くものです。だから、どんなことがあっても灯華を守れる強さを持ち続けなければなりませんよ。杏寿郎」

母の綺麗な手が息子の頭を優しく撫でる。
それから数年、千寿郎が生まれ瑠火の死期が近づいた頃…杏寿郎はその意味を深く深く理解して、胸の内に消えることのない「炎」を灯したのである。



「…………」
「煉獄様っ、もうすぐ現地に到着しまっ…」
「しーーっ!!」
「うっ…(寝てらっしゃるのか)」

鬼の出没情報があった場所までは、距離があるため馬車を使って移動している。外で馬の手綱を引く隊士が声を張り上げ間もなく現地に到着する旨を伝えようとしたのだが、煉獄との共同任務で同行している恋柱の甘露寺に静かにするよう促され言葉を詰まらせた。すぐ後ろにある小さな窓が開かれ、甘露寺が顔を出す。至近距離で視線が重なった隊士の頬に赤みが差した。

「ごめんなさいね。現地に着くまで寝かせてあげて?」
「え、あ、い、いいんですかっ?起こさなくてっ」
「うんっ。煉獄さん、今回の共同任務が始まってからまともに睡眠取れてないから…。少しの間だけでもいい夢見させてあげたいの」
「か、甘露寺様がそうおっしゃるなら…(かわいい人だ)」
「うふふっ。ありがとう」

にこりと可愛らしい笑顔を浮かべて窓を閉めた甘露寺は、目の前で穏やかな寝息を立てている元師範に視線を戻し少しだけ切なげな眼差しで微笑んだ。束の間でもいい。今だけは、鬼とは無縁な幸せな夢を見て欲しい。甘露寺がそう思わずにいられなかったのは、

「……灯華……」
「…!!」

彼の手に、彼の愛した女性から贈られたお守りが握られていたからである。

「ふふっ…。早く任務を終わらせて、一刻も早く灯華ちゃんの所に帰らないといけませんね。煉獄さん」


幸せな夢の続きはの隣で

*前次#