「あの、灯華さんは?」
「あら千寿郎様っ。灯華ちゃんなら今、お鶴さんと刀鍛冶の方とお話し中よ」
「え?刀鍛冶の方と、ですか?」
厨房でせっせと米を炊いている従者の一人に声をかけた千寿郎。探し回って見つからなかった理由は分かったが、またすぐに次の疑問がわき上がる。なぜ隊士でもない刀とは無縁な家の者が、わざわざ刀鍛冶を呼び出し話をしているのだろうと。そしてそれは自分の介入してもいい話なのだろうか、と。
「なんでもこの間物置小屋を掃除した際に出てきたらしいですよ」
「(ああ、あの時の…)でもあれは、相当古い物だから処分したはずでは…?」
「私もよくは知らないんですがねぇっ、灯華ちゃんに直接話を聞くといいですよ!」
そう言っていそいそと厨房を駆け回り始めた従者の女性を目で追いながら、千寿郎は灯華たちの話が終わるのを待つことにした。
*
「いやはや、お鶴殿にこの様なお美しいお孫様がいらしたとは」
「勿体無いお言葉でございます」
『鉄穴森様は、甘い物はお好きですか?』
「はい。それはもう」
美しい白百合が生けられた花瓶から目の前にいる灯華へと視線を移した刀鍛冶の鉄穴森は、深い青色の瞳に吸い込まれそうな感覚を覚えた。これが刀身の色として輝けば、さぞ美しい刀になると。
「わざわざ御足労頂いてしまって申し訳ありません。鬼殺隊でもない私たちの我儘を聞いてくださり感謝しています」
「いえいえ。里長が"元柱の孫娘であるお鶴殿の頼みならば"と申しておりましたから」
「鉄珍様には感謝してもしきれませぬわ」
とても柔らかく穏やかな物言いをする鉄穴森に、灯華も初対面ではあるがかなり良い印象を抱いていた。ひょっとこの面で表情を伺うことはできないが、物凄く優しい人物なのだろうなと思考を巡らせる。
「刀はお預かりして行きます。見たところ刃こぼれと錆が酷いですが、間違いなく日輪刀でしたので」
『刀はどれくらいで修繕できるでしょうか?』
「状態が状態なので、一ヶ月は見て頂きたいですね」
丁寧に断りを入れ、出されたお菓子に手を伸ばす鉄穴森。面を少しばかり浮かせ、空いた隙間から一口大の大福を頬張った。
「修繕が終わり次第遣いの者に届けさせましょう」
「助かります。どうぞよろしくお願い致します」
それから小一時間ほど話をした後で鉄穴森が、鍛冶屋の里に嫁の貰い手が見つからない男がいて是非灯華を紹介できないだろうかと控えめに話を持ちかけてきたのだが、お鶴が事情を話しやんわりと断ると鉄穴森は驚き刀を持って家を後にしたのだった。
「灯華さん!」
『あ、おはよう千寿郎君』
「おはようございますっ。刀鍛冶の方はもう帰られたのですか?」
鉄穴森を見送り家に戻ると、待ってましたと言わんばかりに千寿郎が駆け寄ってくる。すでに刀の話を耳にしていたらしく今しがた見送ったところだと伝えると、両手をきゅっと掴まれて「ではその話が聞きたいです!」と母を慕う子のように庭先に引っ張っられる。いつの間にか灯華に懐いてしまった千寿郎の姿を見つめながら、お鶴は少しばかり切なそうに微笑んだ。千寿郎はまだ、灯華の病がどれほど深刻なものなのかを知らないからだ。
「灯華さん、足元気をつけて下さいね」
『ふふっ。頼もしいですね、千寿郎君』
まるで親子だと、お鶴は思った。母、瑠火が亡くなったのは彼が物心ついてすぐの頃だった為、母が闘病で苦しむ姿も、息絶える瞬間も、千寿郎は覚えていないだろう。愛する我が子を抱きしめる母の温もりすら、千寿郎は分からないのだ。亡き母の思い出を兄から聞き、かろうじてその存在を繋ぎ止める。だが実感がない分それは寂しいものだとお鶴が空を仰ぐ。
千寿郎が無意識のうちに灯華に亡き母の面影を重ね、その温もりに心満たされているのだとしたら…病のことなど伝えたくはない。だが、いずれにせよその時が訪れる。何故こんなにも真っ直ぐな心と優しさを持った兄弟に悲しい試練ばかり与えるのだろう。そう思わずにはいられなかった。
「どうか、あの三人の子らを御守り下さいませ。…"お爺様"」
*
最後に灯華と会ったのは、もう半月以上前のことになる。今までどんな任務に駆り出されようとも、煉獄の直向きな努力によりここまで日を開けたことはなかった。
が、今回はどうだ。
任務を遂行したかと思えば鎹鴉が騒ぎ出し、鬼の出没情報を伝えてくる始末。もはや灯華に会う以前に、満足に休暇すら取れていない現状であった。
「これで最後だ!甘露寺、そっちは片付いたか!」
「は、はいぃぃ〜。なんとかぁ…」
「うむ!腕を上げたな!もう俺の背中を任せても大丈夫そうだ!」
「そ、そんなっ。えへへっ」
最後の一体、鬼の頸を斬り落とした煉獄が、刀を鞘にしまいながら少し離れた場所で息を切らしている甘露寺に声をかけた。同行していた他の隊士たちは連日続く任務に疲労困憊し、ヘナヘナと脇に固まって「もう動けない」「死ぬ〜」などと力無く泣き言を言っている始末。煉獄と甘露寺の活躍がなければ、彼らはとっくに鬼の胃の中だったに違いない。
「よし!それではっ…」
煉獄が右の肘を折った状態で前へ突き出すと、バサっと羽音を立てて彼の鎹鴉が降りて来る。そんな鴉に向かってもう流石に、もう流石にこれ以上の任務はないだろう?みんな疲労困憊なんだ、分かるよな?と、瞬き一つせずに圧力をかけるような眼差しを向ける。すると鎹鴉は冷や汗を垂らしながら「カッ…」と声を詰まらせた。
「カァーッ!隊士疲労困憊ニツキ、休息セヨ!」
その言葉を聞き、待ってましたと言わんばかりに甘露寺と隊士たちが満面の笑みを浮かべる。煉獄は隊服の衣嚢(いのう)にしまっておいた文を鴉の足に結ぶと「頼んだぞ」と声をかけ鴉を空へと振り放った。
「(やっと会えるな、灯華…!)」
帰るべき場所
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