『う"ぅ〜っ!』
「どれ、手を貸そう灯華!」
自然の恵みを十分に受け育ったつるを掴む灯華の華奢な両手を、背後から彼女の身体ごと包み込むようにして握りしめる煉獄。非力な灯華がいくら引いても土の中から出て来てくれなかった秋の実りが、屈強な男の力添えでいとも簡単にその姿を現した。引く力があまりにも強かったのか、灯華が体勢を崩し煉獄の胸板に背中から倒れ込むと、将棋倒しの勢いで二人は同時に尻もちをついた。
そして響き渡る楽しそうな笑い声が、鬼とは無縁な時間を作り出す。
『凄いです見て下さい杏寿郎さんっ、こんなに沢山!』
「まるで漁師網にかかった魚の群れのようだな!」
『今年は大収穫ですねっ』
手にしているつるを持ち上げ、根に絡まる沢山のサツマイモの群れを煉獄に見せる灯華が幸せそうな笑顔を浮かべている。沢山ある中で一番形の良い物を杏寿郎さんにあげます!と言うと、煉獄も同じく心底幸せそうな笑顔を灯華に向けた。そんな二人のやり取りを少し離れた場所で眺めている千寿郎は、胸の奥からふわふわと湧き上がる春風のような温かい思いを抱えながら、ゆっくりと立ち上がった。
「兄上、灯華さん!少し休憩にしませんか?」
少し声を張り二人を呼ぶと、煉獄が振り向き片手を上げて「そうしよう!」と返事を返した。
「くすくすっ…。兄上、楽しそうだなあ」
屋敷の裏にある畑に実った大量のサツマイモを収穫するのが、この時期恒例の行事なのだと教えてくれた時の二人はまるで、年に一度の祭りを待ち侘びていた幼い子供のようだった。サツマイモを土の中から引き抜くたびに聞こえる笑い声や、嬉々とした会話が、千寿郎に家族の温かさというものを与えていた。
そして、そんな中で千寿郎は感じたのだ。
兄と灯華はとても、似合いだと。
『千寿郎君、頬に土が付いていますよ』
「え、本当ですか?」
歩み寄ってきた灯華にそう言われ、手の甲で右頬当たりを擦る千寿郎。落ちましたか?という意味を込めて首を傾げると、優しく微笑んだ灯華の手が手ぬぐいを掴み柔らかい左頬に付いた土を拭った。
『ふふっ。こっちです』
「………」
刹那、母親のような温もりを感じる。
「灯華、そう言う君の顔にも土が付いてる」
『えっ!ど、どこですかっ』
「ここだ」
灯華から手ぬぐいを受け取った煉獄が、今しがた彼女が千寿郎にしてやったことと同じことをして見せる。どっちが子供か分からないな!と言って豪快に笑う煉獄に、灯華が白い歯を見せ綺麗な笑顔を浮かべた。
『杏寿郎さんも付いていますっ…』
「む!本当か!」
『はい、ここです』
「結局みんな、芋掘りに夢中になっていたと言うわけだな!」
『今年は千寿郎君も一緒で楽しいですしねっ』
「違いない!」
ハ、ハ、ハー!と大量のサツマイモが入った籠を片手で易々と抱えながら、煉獄が屋敷の方へと歩いて行く。そのあとを追うため『行きましょう』と千寿郎の手を取った灯華に促され、二人は笑顔を浮かべて歩き出した。
*
『今年は大収穫です!千寿君!』
「こんなに沢山獲れるとは驚きましたっ」
収穫した大量の芋をひたすら洗い庭先に並べると、広い庭の半分が埋まる勢いだった。
『これだけあれば杏寿郎さんの好物が毎日作れますね』
「はいっ。お菓子も作れます」
『っ!…例の、"すいーとぽていと"ですかっ?』
「僕、灯華さんと一緒に作りたいですっ」
『千寿郎君〜っ…!』
楽しみにしていた毎年恒例の芋掘り行事は、大収穫というなんとも縁起の良い形で終えることができ、縁側に座り弟と灯華のやり取りを眺めている煉獄は穏やかな笑みを浮かべた。
かけがえのない二人をこの瞳に映す度、母のあの教えを思い出す。力を持って生まれた自分が愛する者をこの手で守れるのであれば、鬼と対峙することも本望だと思える。
「そうだっ。兄上!」
「どうした!千寿郎」
灯華の隣にいた千寿郎が何かを思い出し、兄の元へ駆けていく。その嬉々とした姿を目で追うと、弟は自分の隣に腰を下ろし「余計な世話だと思うかもしれませんが…」と控えめに断りを入れてから煉獄に耳打ちをするため距離を縮めた。
「?」
「今日一日、芋掘りをしている兄上たちを見ていて感じました」
囁きながら話す千寿郎の言葉に耳を傾ける煉獄と、瓜二つの兄弟の内緒話を内心ホッコリしながら見つめる灯華。
「兄上と灯華さんは、とてもお似合いだと思います」
「!」
「灯華さんのような方が兄上のそばに居てくれれば、僕はとても嬉しいですっ」
そう言って、えへへ…と自信なさげに笑う千寿郎の笑顔に、胸の奥で燃える炎が揺らめく感じがした。
まだ何も知らない弟の純粋な気持ちがとても嬉しかった。もしもそうなってくれたらと願いを込めて言ってくれたのだろう。穏やかな日を笑顔で過ごせる未来を想像すると、胸が温かくなり幸せを感じられるのは自分も同じだ。しかし、現実は残酷で…待ち受ける未来をどうやっても変えることはできない。ならばこの一瞬、束の間の時間だけは精一杯幸せに生きようじゃないかと煉獄は弟の肩に手を置き笑顔を浮かべた。
「ありがとう千寿郎!弟のお前にそう言ってもらえるとは、実に嬉しい限りだ!」
「もしかして兄上は、灯華さんのことを?」
何も聞かされていない千寿郎からしてみれば、自分の言葉で兄がその気になれば万々歳だと思っていたのだが、煉獄の表情と言葉から予想できたのは…遥か先にあると思っていた願いがもうすぐそこに迫っているということだった。
大きな目をぱちぱちと動かし小声で兄に問いかける。
「実はお前にまだ話せていなかったことがある」
「えっ…?」
「灯華!こちらに来てくれ!」
『はい』
千寿郎から数歩先にいる灯華へ視線を移し、手招きをしながら呼び寄せる。『内緒話は終わりましたか?』と、穏やかな笑顔を浮かべ近づいて来た灯華の手をやんわりと握りしめ、短い返事を返す煉獄。そんな二人の姿をきょとん顔で見つめる千寿郎に、兄杏寿郎はいつもの自信に満ちた表情で口を開いた。
「実はな千寿郎!灯華とは、近々祝言を挙げる予定なのだ!」
日常こそが愛のかたまり
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