夜になり、行燈の灯る部屋で書き終えた手紙を鎹鴉の足に結ぶ灯華。煉獄以外の柱に手紙を書くことは初めてのことだったので、正直凄く緊張している。それが動物…鴉にも伝わっているのか、なぜか「大丈夫ダ!」と励まされた。流石はあの煉獄杏寿郎を主に持つ鴉である。

「デハ俺ハ行ク!杏寿郎ニ何カ伝エルコトハ?」

結ばれた手紙を確認して、自分の肩に飛び移って来た鴉の問いに『そうですね…』と思考を巡らせる。立ち上がり障子戸を開け縁側へ出ると、少しだけ肌寒く感じる夜風が灯華の柔らかい髪を揺らした。

『いつも無事をお祈りしていますと、伝えて下さい』
「ウム!伝エヨウ!十分に休息ヲ取レ、灯華!」
『ふふっ。貴方は最近ますます杏寿郎さんに似て来ましたね』
「オ前ガ貧弱ダカラダ!デハナッ!」
『(ガーンッ。鴉にまで貧弱と言われたっ…)お、お気をつけて』

とほほ…とため息を吐き煉獄の鎹鴉が飛んでいくのを見送り部屋へ戻ろうとした、その時ー。

「お手紙は蜜璃さんへ?」
『千寿郎君。ええ、そうです。お会いできるといいのですが…』

控えめな笑顔を浮かべやって来た千寿郎が灯華に歩み寄り今しがた鴉が飛んでいった夜空を見つめる。今頃兄は、その身をかけて鬼殺隊の役割を果たしている頃だろうかと思いを巡らせた。

『杏寿郎さんなら大丈夫です。無事に帰って来ますよ』
「すみません…。不安な顔をしていましたか?」
『ふふっ。いいえ。兄を思う弟の顔です』

本当に仲の良い兄弟ですね、と笑う灯華。この穏やかな笑顔や余裕、兄への信頼も、きっと初めからあったわけではないんだろうなと千寿郎は思った。もう数え切れないほどこの場所から煉獄を見送り、その都度抱く不安や心配と向き合い続けて来た灯華だからこそ、こうして信じ待つことができるのだろう。

『眠れないでしょう?』
「あはは…なんだが嬉しさと心配とで、気持ちが高ぶってしまって」
『千寿郎君が喜んでくれて安心しました。中へどうぞ、ここは少し冷えますから』

優しい表情を浮かべながら小さな背中にそっと手を当て部屋の中へ入るよう促すと、千寿郎は安堵したような柔らかな笑顔を浮かべた。



兄と灯華が祝言を挙げる。
まさかこんなにも早く、望んでいた願いが叶うとは思ってもみなかった。

「何だか、少し不思議な感じがします」
『不思議な感じ、ですか?』
「はい。灯華さんと、家族になると思うと…」

千寿郎の照れ臭そうな表情に、灯華は穏やかな笑を浮かべて湯気の立つ湯呑みを手渡した。緑茶のいい香りが千寿郎の鼻腔を抜けると、穏やかな気持ちがさらに落ち着く様な気がした。一口啜り、傍に置く。

『ふふっ。そう言われてみれば、私も不思議な感じがします』
「灯華さんも?」
『はい。こんなにも心の優しい子が、私の義弟になるだなんて』
「わっ…」

そう言われた直後、灯華の華奢な手が千寿郎の両頬を優しく包み込む。ああ、なんて可愛い子なんだろうと心を和ませながら頬をむにむに上下に動かすと、千寿郎も灯華の笑みにつられ緩い小動物のような笑顔を浮かべた。

『(かっ…)』
「灯華さんが、兄上の婚約者で良かったです」
『(かわいいっ…)』
「えへへっ」
『ありがとうっ、千寿郎君っ』

男の子に対して使う「可愛い」は、受け取り手にもよるが大半は褒め言葉にならないだろうと口には出さず心の中で連呼する。まだほんの少し自分よりも小さな体を抱き寄せて目を閉じると、まるで我がこのような愛おしさが込み上げて来た。耳元で千寿郎の控えめな笑い声が聞こえてきて頭を撫でると、「灯華さん」と名前を呼ばれる。

『なんですか?』
「あの花瓶の花は、ナデシコですか?」
『ええ、そうですっ。よく分かりましたね』

千寿郎の視線の先には、昨夜煉獄が贈ってくれたナデシコの花がある。体をやんわりと離して灯華も顔を後ろに向け花を視界におさめると、煉獄の優しい笑顔が鮮明に浮かんだ。兄は花に疎いが、弟はそうではないらしい。

「前に本で見たことがあります。確か花言葉は…"純粋な愛"、でしたよね?」
『ええ、その通りです』
「あれは、兄上から贈られた物ですか?」

穏やかな表情で首を傾げ、花から灯華へと視線を移す千寿郎。

『はい。いつも綺麗な花ばかり頂いています』
「兄上は、本当に灯華さんのことが大切なのですね」

花には疎いあの兄が、心に決めた女性を想い贈るのだから、そこに込められている気持ちが並大抵な物ではないと分かる。真っ直ぐ、純粋に、嘘偽りのない灯華への直向きな愛が彼の贈った美しいナデシコからは感じられた。

『杏寿郎さんは幼い頃にした約束を、今も欠かすことなく守り続けてくれているんですよ』
「兄上がっ?それはどんな約束ですか?」

昔を思い出し、くすっと口元に手を添えて笑う灯華。兄の幼い頃の話をあまり聞いたことがなかった千寿郎は、興味津々といった感じで少しばかり身を乗り出した。
あの日、父の槇寿郎に手を引かれやって来た幼い杏寿郎と灯華が出会ったのは…まさにこの部屋で、彼女が花を生けている最中のことだった。

『少し、昔話しをしてもいいですか?千寿郎君』


その軌跡をぐために

*前次#