「聞いているか?」
幼い杏寿郎は縁側に頬杖をつき、部屋の中にいる少女をじーっと見つめたまま声をかける。少女は当然、何の前触れもなく現れた杏寿郎に心底驚き、目を丸くし警戒する。
それもそのはず。
彼の気配は愚か、足音すら聞こえなかったからだ。
『…え…えっと…』
今目の前にいる少年が、誰かというのは知っていた。
亡き父親の親友、炎柱・煉獄槇寿郎と共に小一時間ほど前にやって来て、祖母のお鶴からは彼の長子であるという説明をすでに受けていたから。自分たちが支えるべき鬼狩りの息子が目の前にいて、緊張のあまり心臓がとくんとくんと速度を速めていく。失礼のないようにしなければ、と。
「ん?」
『ゆ…ゆりの…花…です…』
「声が小さくて聞こえない!もう一度たのむ」
『(ガーンッ…!)』
ニコッと笑いながらはっきりそう言った杏寿郎は、悪びれる様子もなく少女の言葉を待つ。その姿はなぜか楽しげで、このやり取りに嬉々としている。だが少女はその直接的な物言いに少々怯え、困った様に花を見つめたあと、先ほどより音量を上げて花の名前を口にした。
『ゆ、ゆりの花…!』
「そうか!ゆりの花か!今度は聞き取れた!君はその花が好きなのか?」
『えっ…?』
「さっき父上から花束を受け取った時、とても嬉しそうに笑っていただろ?」
頬杖をついているせいで頬がふにっと上がり、浮かべている笑顔がさらに杏寿郎の無邪気な様を引き立たせた。ここの当主の孫娘だと紹介された時は、なんだかとても弱そうな子だなと思ったけれど、お鶴の背後に隠れていた少女が父槇寿郎から百合の花束を受け取った時に見せた、とても愛らしい綺麗な笑顔が杏寿郎の幼い心を大きく揺さぶったのだ。
とても印象的で、もう一度見たいと思うほどに。
『はい…。好きです…』
「そうか!これからその花を生けるのか?」
『……(コクッ)』
「邪魔はしないから、ここでながめていても良いだろうか?」
『えっ…!』
父とお鶴が話している合間を抜け、少女を探していたらこの部屋に辿り着いた。物音を立てない様に縁側まで歩み寄り、花の束を解いている後ろ姿が視界に映って思わず声をかけたのだ。そして今は、花を生けようとしているその様子を眺めていたいと思った。当然ながら少女は困り果て、あわあわと焦りをあらわにする。鬼狩りの息子と親しくして良いのだろうか?花を生ける前に何かもてなしをしなければいけないんじゃないかと。
『あ、あの……どうぞこちらへ…』
「良いのか!」
『は、はいっ…』
「じゃあ失礼する!」
履物を脱ぎ部屋の中へ足を進めた杏寿郎はとても嬉しそうな笑顔を浮かべ、邪魔にならないよう斜め右隣に腰を下ろした。ほぼ初対面の相手に物怖じしている少女と、そんな少女の顔をじーっと見つめる杏寿郎。何度も何度も不自然に目を逸らす様子が可笑しくて、ついに吹き出し笑い声を上げた。
「ハハハハハッ!」
『(ビクッ…)な、なんですか……』
「いや、すまないっ。君が何度も目をそらすから、おかしくて」
『ご、ごめんなさいっ。…人とはなすのが得意じゃなくて…』
「だろうな!君は声も小さいし、人見知りだろう!」
『(ガーンッ…!!)』
ハ、ハ、ハー!と笑ってまたも直接的な指摘をしてくる杏寿郎を前に、なぜ部屋へ招いてしまったのだろうと後悔した。花を生けるどころではない。茎を切る前に幼い心が先に折れてしまいそうな感じがしたからだ。
「君は友達はいるか?」
『えっ?』
「俺は家柄、友と呼べる存在はいない!もうすぐ弟は産まれるが」
鬼殺隊という組織は、政府非公認であり得体の知らない父親の生業を気味悪がる者たちもいる。その矛先は幼い杏寿郎にも例外なく向けられていて、心から友と呼べる存在が居ないのだ。少女は恥じらいもなく真っ直ぐそう言った杏寿郎に意外そうな視線を向けた。自分よりも明るく元気で、誰にでも話しかけていけそうなこの少年とそんな共通点があるとは思わなかったからだ。
『わ…私は病弱なので、家の外にでたことがないです…だから…』
「なるほど!それでは友は作れないな!人見知りと言ってすまなかった!」
『……え、あ、いいえ…っ』
はっきりと物を言うが、悪い子ではなさそうだと少女の中で杏寿郎への印象が変わっていく。炎のように燃える大きな瞳を恐る恐る見つめると、少年は口元の笑みを深めて眩しくて、とても優しい笑顔を浮かべた。
「では灯華!俺と友達になろう!」
はじまりは君の笑顔が連れて来た
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