柱になったら、灯華を屋敷の外へ連れて行く。
祭りに行って、屋台で美味しい物を食べて、花火を見る。
相撲観戦だってしたい。
きっと灯華はあの迫力に驚くこと間違いなしだ。
けれど、一番はやっぱり…。
「お婆さん!ゆりの花はどこにありますか!」
彼女の好きな花が沢山売られている花屋に、連れて来てあげたい。
「おやおや坊や、百合の花を探してるのね」
「はい!」
「お遣い?お母さんにでも頼まれたのかい?」
「いいえ!大切な友達への贈り物だ!」
「まあっ。それは素敵ねぇ、綺麗に包装してあげるわ」
「ありがとうお婆さん!」
生まれて一年が経った小さな弟を背負い、兄になった杏寿郎は花屋の店主にニカッ!と無邪気な笑顔を浮かべた。
「う〜」
「どうした千寿郎!」
「はなー」
「うむ!そうだ花だ!千寿郎は賢い子だな!」
店内に置かれた色とりどりの花を指差し、愛らしい弟が覚えたばかりの単語を口にする。灯華と出会って一年が過ぎた頃、無事に千寿郎が生まれた。母の出産と父の多忙な毎日が重なり、一年以上灯華とは会えていない。だが槇寿郎の計らいで用意してもらった鎹鴉が数日置きに二人の手紙を欠かすことなく運び続け、彼女との繋がりを保っている。直近で交わした手紙には、早く杏寿郎や生まれたばかりの弟に会いたいと、待ち侘びている様が書かれていた。
「百合が好きなお友達なの?どんな子かしらねぇ」
店の奥から純白の百合の花を抱えやって来た店主が、杏寿郎に問いかける。
「華道をたしなむとてもかわいい子だ!その花に似てる!」
「ぶっ…はははっ」
なんの躊躇もなく白百合を指差しはっきりとそう言った息子の素直さに、店の外にいた筈の父がいつの間にか隣にいて吹き出し笑っていた。店主も杏寿郎の言葉に穏やかな笑みを浮かべると、綺麗な桃色の包装紙を取り出し器用に花束を仕上げていく。
「父上、なぜ笑うのですか?」
「いやすまん。お前の物言いがあまりにも率直だったからついな」
「思ったことを言っただけです!」
「そうだな。灯華は確かに可愛い娘だ」
「はい!」
満面の笑みで父親の言葉を肯定した息子を前に、槇寿郎は穏やかな表情でその頭を撫でた。
「はい坊や。出来上がったよ。お友達、喜んでくれるといいわねぇ」
杏寿郎の背中を後押しするような笑顔を浮かべた店主から花束を受け取ると、半年前に見た大好きな灯華の笑顔が色濃く鮮明によみがえり心の中が温かい気持ちでいっぱいになった。
*
幸せな時は長くは続かない。
灯華と出会って世界が大きく華やいだと思ったら、深い悲しみは程なくしてやってきた。
「灯華、杏寿郎と一緒に居てやってくれ」
『…はい。でも、なんて声をかければ…』
「言葉は不要です。ただそばに居ておあげなさい」
『わ、分かりました…』
幼い灯華が生家を出たことがあるのは一度きり。杏寿郎の母、瑠火が亡くなり葬儀に出席した時だけだ。
ただ眠っているだけに見える瑠火の冷たくなった体を前に、大人たちが悲しんでいる。槇寿郎の背を摩りながら向けられた祖母の表情だけが、この中で唯一悲しみに暮れているものではなかった。二人の言葉を受けぺこりと頭を下げ部屋から出ると、槇寿郎の嗚咽が聞こえて来て灯華は少しだけ表情を歪めた。
死という意味が分からないわけではない。
幼いながらに、理解はしている。
息を引き取り動かなくなった瑠火の姿が、病で死んだ母と重なって見えて、もう言葉を交わすことも、その温もりに触れることも叶わないのだと悟ったから。あの大人たちのように涙が出ない理由は分からないが、たぶん…瑠火の死を悲しむべきは自分ではなく、
『杏寿郎さん…』
息子である彼の方だと思ったから。
「灯華か。父上たちは?」
『瑠火様のおそばにいます…。あの、杏寿郎さん』
「ん?」
庭に面した縁側に腰掛け、この家に満ちる悲しみとは対照的な晴れ渡った青空を見上げていた杏寿郎は、控えめに歩み寄ってきた灯華に視線を向けて首を傾げた。
『あの…私は杏寿郎さんのおそばにいても、いいですか?』
「…灯華…」
『えっと…その、こうゆう時は…だれかがそばにいた方が…』
「もちろんだ!ここに座るといい」
母が亡くなり悲しむどころか笑顔を浮かべた杏寿郎が、自分の隣をトントン叩き灯華を誘う。弱みを見せまいと無理をしているのだろうか…その笑顔には、どこか違和感を感じた。
「ありがとう灯華。俺をしんぱいしてくれて」
『…大人たちはみんなしんぱいしています』
「そうだろうな!俺も父上や千寿郎がしんぱいだ」
口角を上げ、大きな瞳に灯華映す。その表情はいつもと変わらない。こんな状況なのに、杏寿郎は何を思っているんだろうと疑問に感じた。
『杏寿郎さん、かなしいと感じていますか?』
「うむ!かなしい!」
『つらいですか?』
「つらいな!」
『ではなぜ泣かないのですか?』
「……なぜ、だろうな。分からない」
灯華の問いかけには素直な気持ちで答えた杏寿郎。しかしなぜ涙が出ないのかと聞かれると、自分でも不思議で言葉に詰まる。
『むりをして、笑っているように見えます』
「俺が?」
『はい…』
「君がそういうならそうなのだろうか?」
『ご自分ではそう思わないのですか?』
「ああ!全く思わない!かなしいが、俺は平気だ」
再びニコッと笑顔を浮かべた杏寿郎に、灯華は少し驚いた。彼が名家の長子であるが故に泣くことを我慢しているのなら理解できるのだが、そんな雰囲気は一切伝わってこない。逆にその態度と精神的な強さが常軌を逸しているように見えた。
「なぁ、灯華」
『はい?』
「父上から聞いたのだが…君も"治らない病"にかかっているのか?」
『………そうです。母上とおなじ病気です』
少し考えてから肯定した灯華に、杏寿郎の大きな瞳が若干揺れる。
「君もいつか、母上のように死ぬのか?」
『…瑠火様より生きられないかもしれません。分からないけど…』
「……それは、だめだ」
『え?』
「俺が柱になるまえに死なれては困る。約束がはたせない」
『…えっと…』
「灯華がいなくなるのは嫌だ」
『…(あわあわっ)』
ムッ!と納得のいかない表情を向けられて、何を言えばいいのか分からなくなり焦る灯華。大好きだった母が亡くなり、残された者はこんなにも辛く悲しいのだと知った杏寿郎。強く、気高い母がどんなに抗っても勝つことのできなかった病という大敵に…弱く、優しい灯華が敵うはずないじゃないかと、幼く短絡的な答えに行きつきその刹那…何かを悟った杏寿郎の瞳から、涙がつーっとこぼれ落ちた。
『杏寿郎さんっ…』
突然のことにどうしよう、どうしようと迷った挙句、着物の袖で杏寿郎の涙を拭うため手を伸ばした。泣かないでとは言えない、自分も母を失った時、涙が枯れるほどに泣いたから。
『たくさん泣くと、きもちが楽になります』
「…母は死んだ」
『はい…』
「君までいなくなると考えたら、悲しくなった」
『杏寿郎さん…』
灯華を真っ直ぐ見つめながら素直な気持ちを吐露した杏寿郎。大切な友が悲しんでいるのを前にして、何を言えばいいのか分からない。気の利いた言葉を探しても、幼い頭では何も思い浮かばなかった。
『私、がんばります』
「?」
『杏寿郎さんが悲しまないように、がんばって長生きします』
「灯華…」
『ですから、いろんな物を見につれていってください』
灯華の優しい笑顔からは『私は大丈夫』そんな思いが伝わって来て、生まれた不安や悲しみが薄れていくような感じがした。汚れのない、とても綺麗な純心に触れ心が温かさに包まれる。
「うむ…!どこへだって連れていくと約束するよっ」
ずずっと鼻を啜り、灯華の小さな手を掴み握りしめる。幸せそうに細められた宝石のような青い瞳を見つめると、母の言葉が脳裏に浮かんだ。
「杏寿郎が、灯華を守ってあげなければいけませんよ」
灯華を守ると母に誓った今より少しだけ幼い頃は、死の意味なんてよく分からなかった。だが…今ならそれがよく分かる。死とはとても悲しい、辛いものであると。けれど人は命の限りがあるからこそ、こんなにも尊くて、愛おしい。
杏寿郎は空いている方の手で自らの涙をごしごしと拭うと、いつも通りの自信に満ちた表情を浮かべ灯華の両頬に手を添え微笑んだ。
「ありがとう灯華!俺は君が大好きだ!」
『へっ……!?』
悲しみの代わりに花束を
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