「ワンワンッ」
「よーし!取ってこい弁慶!」
「その名前ぜんっぜんかわいくない!」
「お前の"桃太郎"よりましだ!」
「ももたろうのほうがいいもん!」
『…………』
十四紀が野良犬を拾ってきた。赤毛の柴犬で、すでに名前は「弁慶」と命名されたらしい。名付け親はもちろん拾った本人で、強そうだから付けたと言っていた。弁慶は野良とは思えないほど人懐っこい犬で、今も十四紀が投げたであろう木の棒を追いかけ庭を駆け回っている様子が子供たちの嬉々とした声から想像できた。
「いいぞ弁慶!お前は鬼をやっつける犬になれ!」
「ワンワン!」
そんな和やかな雰囲気の中、灯華は布団の中で仰向けになりながら、見慣れた天井をじぃーっと見つめ不服そうな表情を浮かべている。すぐそばには擦り切れるほど読み込まれた彼女の愛読書に目を通している煉獄がいて、灯華は布団の中にしまっていた右腕を外に出し手招きをした。
『杏寿郎さん…』
「どうした?」
『…十四紀がふざけて犬を家に上げるかもしれません』
「千寿郎が見張っているから大丈夫だ!」
『何故お婆様は飼うことを許したのかしら…』
本を閉じ、灯華の手を優しく握りしめると指先は変わらずひんやりとしているがほのかに温もりが伝わってくる。たったこれだけのことが、愛しくて、尊い。
『……犬は苦手です』
「君が犬に噛まれた時のことを鮮明に覚えているよ」
『何かあったら炎柱を盾にしますからね…』
口をへの字に曲げてそんな本音の様な冗談を口にした灯華に、煉獄が声を出して笑った。犬嫌いは十年以上経った今も健在のようだ。
「動物と暮らしを共にすれば、命の大切さを学べる」
『それは、そうですけど…』
「それに、疲れ知らずのじゃじゃ馬には良い遊び相手だ」
煉獄の言葉を後押しするかの様に十四紀が砂利を踏み走り回る音と、弁慶がワンワン吠えながらその後を追いかけていく様が想像できるような声が聞こえて来た。犬嫌いは自分だけで、飼うのに反対なのも自分だけ。多勢に無勢な状況に、仕方がないと深い溜息を吐いた。
『コホッ。…杏寿郎さん…』
「ん?」
増えた咳の頻度に、煉獄は目を細め若干瞳を伏せる。
胸が締め付けられるような感覚がした。
『…今夜任務に出たら、次はいつ会えるでしょうか?』
呼吸を整え、極力穏やかな表情を浮かべ問いかける。
不安を与えぬ様、心配をかけぬ様、上手く表情を取り繕ろえているだろうかと心の中で自問する灯華。きっと、何でも見抜いてしまう煉獄の前では無意味なのかもしれないが…抱えている病に対する恐怖や焦り、そういった感情を気取られたくはなかった。
「…何故そんなことを聞く?君らしくないな」
『私らしく…ないでしょうか?』
「そのようなことを言われるのは初めてだ」
繋いでいる灯華の手が微弱だが震えている。
彼でなければ分からないくらいの小さな震え。
それが病から来ているものなのか、はたまた彼女の感情を表すものなのか…上手く察することが出来ない。
『コホッコホッ…』
「灯華…」
『…私は…杏寿郎さんに会える日を…いつも楽しみにしているのですよ』
そう言い、小さく笑った灯華がとても儚く見えて、愛しさは、募るばかりだった。
「俺も、君のことばかり頭にある」
『ふふっ…。嬉しい。ですが…』
「ん?」
『…また不死川様に、叱られてしまいませんか?』
「ハハハッ!大丈夫だ!彼は口が達者なだけで、本当は心根の優しい男だから」
みな本当に理解のある優しい人間だと思う。会ったことのある柱は煉獄を含めて四人だが、隊士でもない自分を気遣い心に寄り添い話をしてくれた。叶うのならば、全員に会いお礼を言いたい。こんな自分を気にかけてくれたこと、いつもその身を呈して人々の命を救ってくれていることを。
『…今度の柱合会議は、もう間も無くでしょうか…』
「三週間後だ」
『そうですか。…また皆様のお話が聞きたいです…』
先程飲んだ薬が効いてきたのか、ゆっくりと瞬きを繰り返し睡魔に抗っている灯華。眠っている間に、煉獄は柱の務めを果たしに行ってしまう。何故だか今日は、とても寂しいと感じた。だから少しでも言葉を交わしていたくて、繋がっている手をきゅっと握り返した。
「勿論だとも。君は早く元気になるよう尽くせ」
『…もちろんです…』
「皆に朗報を届けなくてはな」
『…ふふっ。…任せてください。…すぐ、良くなります』
「うむ!それは頼もしい限りだっ」
太陽のように眩しい笑顔を見つめながら、灯華がゆっくりと目を閉じる。
『早く、帰って来てくださいね…杏寿郎さん…』
「ああ。約束だ」
まだ、ここに居て。
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