同時刻。深夜。
藤の家にいる全員が寝静まった頃…。
『ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ…!!』
口元を押さえていた白い布に、黒味がかった血が染み込んだ。
『…ッ…ゴホッ、ゲホッ…!』
病の進行が、ここへ来て急激に加速し始める。
息を吸うたび苦しくて、嗚咽して吐血する。
数日前、彼が任務に発ってすぐのことだった。
血流が悪く、手先が冷たい。
薬を飲んでも、体を休めても効果はない。
不治の病とはそうゆうものだと理解しているが…、
『(お母様も……こんなに苦しかったのね…)』
まさに耐え難い苦しみだと思った。
*
「クゥゥンッ」
『………』
横になると、何故か呼吸が苦しくなり酷く咳き込むため、体は疲弊しているが眠るのが怖くなった。薬を飲み、無理くりその場しのぎで症状を落ち着かせるしか方法がない。だが、あの苦しみから少しでも解放されるならそれを選ぶ。厚めの羽織を肩にかけ、縁側に腰かけ近くにある柱に寄りかかった。
月を見上げるでもなく、ただ呆然と、輝きを失った虚な瞳が見慣れた庭を映していると足元に弁慶が寄り添って来る。少し心臓がどくんっと跳ねたが、驚く気力もなくて苦手だった犬をすんなりと受け入れることができた。
『……私は炎柱……煉獄杏寿郎の妻ですよ……』
「??」
『あなたなど…恐れはしません……』
「…ワォン?」
ゆっくりとした呼吸を繰り返し、弱々しく呟かれた独り言に弁慶が可愛らしく尾を振り首を傾げる。視線を動かすのも億劫だと感じるが、少し下げれば遊んでくれと言わんばかりの大きな瞳と目が合った。
『……弁慶…。あなたは…長生きをしなくては、いけませんよ…』
十四紀や桃葉があなたを気に入っているのだから、彼らに愛され、大切にされ、いつ何時もあの子たち二人に寄り添い守るのが、あなたの責務です…。と呟く。当然人間の言葉など理解しない弁慶は、舌を出しヘッヘッと尻尾を振る。
『…私は…もう、長くは生きられないのでしょうね…』
初めから解っていたことなのに、酷く悔しくて、辛くて、怖かった。幸せな日々の記憶や、未来への期待、心残りばかりが溢れてきて、そんな思いから眼を逸らす様にして閉じられた灯華の瞳から、涙が零れ落ちた。
『…二人を…頼みますね…』
「ワンッ」
『…………』
心の支えは、瞼に焼き付いた大切な人たちの穏やかな笑顔と、煉獄の存在。そして…彼が灯し続けてくれる「自分の為に生きろ」という心の炎だけだった。
『……杏寿郎さんの為に……もう少しだけ……』
この世で死と抗うことを、お許し下さい…。
欠けた月に願いを託して。
(薄暗い朝靄の中、花束の落ちる音が静寂を破った)
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