ガサっと音を立てて落ちた白百合の花束。
己の命よりも大切な、かけがえのない想い人の好きな花。
この花束を受け取った時に見せる、彼女の笑顔が堪らなく愛おしい。
荒んだ世界を明るく照らし、生きる価値を見出してくれるから。
「灯華…!」
まるで死人のように力無く縁側の柱にもたれ掛かっている灯華に駆け寄り、両頬に手を添えて顔を覗き込む。薄く開かれた口元からは弱々しい呼吸音が漏れ、口の端に微かだが血が付着していた。こうして病の進行を目の当たりにすると、酷く感情を掻き乱される。
煉獄は着ていた羽織りで灯華の体を包み込むと、すぐさま横抱きに抱え上げ、開いていた襖戸から部屋の中へ。敷かれている布団の上にゆっくりと下ろそうとすると、灯華の細い手が煉獄の隊服をきゅっと握り締めた。
「灯華…。遅くなってすまない」
『………』
「本当にすまなかった…っ」
灯華を抱き寄せたまま腰を下ろし、そばに居てやれなかったことを悔やみながら髪に頬を寄せ顔を埋める。
寂しかっただろう、辛かっただろう、苦しかっただろう、怖かっただろう?と心の中で問いかけて、その全てを払拭させるような優しさを持って灯華の頭を何度も撫でた。そして、畳の上で様子を伺っている鎹鴉に声をかける。
「胡蝶を此処へ連れて来てくれ。火急の用だと伝えて欲しい」
その命を待っていたと言わんばかりにコクッと頷き、灯華から視線を外さずにいる煉獄を数秒見つめてから、翼を広げ急ぎ部屋を飛び出して行った。
『…杏…じゅ…ろう……さん…』
「…!」
その刹那、今にも消えてしまいそうな程小さく弱々しい灯華の掠れた声が、煉獄の名を呼びその存在を求める。どこに居るの?と隊服から離れ彷徨う手をやんわりと掴むと、自らの頬に重ね優しく微笑んで見せた。
「俺ならここにいる」
『………』
朦朧とする意識の中、その言葉に微弱だが口角を上げ安堵するような表情を浮かべた灯華。感じることができた優しい温もりに、堪らなく愛おしさが募る。この想いを言葉にして伝えたいのに、体が鉛のように重く口を開くのですら苦しくて仕方なかった。
『…ッ…ゴホッ…ッ…ゴホッ』
深く息を吸おうとした灯華が激しく咳き込み表情を歪める。空いている方の手で口元を押さえ、マズイ…と思ったのも束の間、咳が一層込み上げて来て押さえている手の隙間から赤い血がボタボタと落ちた。
『ゲホッ…!ゲホッゲホッ…』
煉獄は目の前で苦しんでいる灯華を見つめ、込み上げてくる感情を何とか抑えつける。こんな状況だからこそ、自分は冷静でいなければならない。少しばかり下唇を噛み締めて、支えている灯華の上半身をゆっくりと起こす。自身の手や隊服に赤い血が染み込もうが、構わない。頼りない華奢な背中を摩り、血で汚れた手を取り白い布を手渡した。
「…灯華さん?…起きていますか?」
「…!」
「兄上の鎹鴉に貴女を手伝えと言われ起こされたのですが、何かありましたか…?」
胡蝶を呼びに行く際、煉獄一人では大変だろうと鴉が気を利かせたのだろう。
近づく気配と聞き慣れた声に視線を向けると、開いていた襖戸の前で血を吐く灯華とそれを支える兄を視界に映し絶句する弟がいた。
「…千寿郎」
「……あ、兄上っ……!」
一瞬で血の気が引き、体が震える。
一体何がどうなっているんだと混乱する思考と加速する心音に、吐き気がした。煉獄はそんな弟を前にしながらも至って冷静に、落ち着いた声色で声をかけた。
「千寿郎。お鶴さんを呼んできてくれ」
「兄上っ……灯華さんがっ………」
「ああ、分かっている。あとでちゃんと話をするから、今は兄の頼みを聞いてくれ」
「……っ!」
こんな状況にも関わらず、弟を落ち着かせるため穏やかに微笑んで見せた煉獄。その態度に取り乱していた千寿郎はしっかりしなければと一瞬目を固く閉じて、分かりましたと震える声で返事を返す。すぐに身を翻しお鶴の部屋へ駆けて行った。
『…ッ…千…じゅ…ろうくんにっ…心配をっ…ゴホッゴホッ』
「喋らなくていい。千寿郎は大丈夫だ。それより灯華…」
口元に布を当てたまま表情を酷く歪めている灯華の顔を覗き込み、虚な瞳と視線を重ねる。背を摩っていた手を肩に回し体を支えると、煉獄は自らの肺を指差し口を開いた。
「昔、君に教えた"呼吸法"を覚えているか?」
明日ありと思う心の仇桜
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