「浅く吸って、ゆっくりと吐く。やってみろ」
『……スゥ……ッ』
灯華に呼吸の使い方を叩き込んでくれとお鶴に頼まれたのは、煉獄が鬼殺隊に入隊して順調に階級を上げている時期のことだった。なぜ鬼狩りではない彼女にそんなことを教える必要があるのかと疑問に思ったが、理由をきいて納得した。
「教えて頂きたいのは、孫娘の母親が考案した呼吸法です」
灯華の曾祖父にあたるお鶴の父親は、かつて炎柱を担った人物だった。争いごとが嫌いでとても穏和な性格をしていたが、その胸には誰よりも熱い情熱を秘めていた。
その血を引く灯華の母親もまた、病で床に伏せる最後の最後まで鬼殺隊の隊士として炎柱を志していたという。優秀な才を持っていたが、自身を蝕む病には勝てなかった。人一倍負けず嫌いな母は、衰退していく体で鬼と戦う為の呼吸法を考案した。肺の弱い自分でも、一時的に体の機能を向上させる呼吸法。それをお鶴は、孫娘である灯華にも学ばせるべきだと考えたのだ。
いざという時のために。
少しでも長く、その命を繋ぐために。
『ケホッケホッケホッ…』
「深く吸い過ぎだ。もっと浅く!」
『…わ、私には無理ですよ杏寿郎さんっ…』
「そんなことはない!君には才がある」
『…うぅ…。でも…』
「大丈夫!さあ、もう一度だ!」
どの町医者からも余命わずかと言われ続けたあの日から、もう三年の月日が流れた。奇跡かどうかは神のみぞ知るところではあるが、灯華は懸命に、日々潰えていく命の炎を燃やしている。それは自分のためではない、ただ一人…煉獄杏寿郎という唯一無二の愛する者のために。
「少し落ち着いてきたな。完璧に呼吸を扱えている」
『………』
「君は本当に強い女性だ」
表情を歪めたまま目を閉じて、息を浅く吸いゆっくりと吐き出す動作を繰り返す灯華。時折りむせ返りながらも、必死に生にしがみつき病に抗う。先程よりも少しだけ体が楽になってきたところを見計らい、煉獄が「もういい」と灯華の口の端についた血を親指で拭った。
その時ー。
「煉獄さん」
タンッと縁側に降り立ち現れた気配と穏やかな声色に、煉獄はゆっくりと灯華から視線を外し顔を上げる。するとそこにはこの状況を見つめながら眉を八の字に下げた胡蝶しのぶが立っていた。
「こんな時間に呼び立ててしまってすまない」
「お気になさらないで下さい。近くにいたので幸いでした」
部屋の中に入り、灯華の近くに腰を下ろす胡蝶。煉獄に抱き寄せられ支えられている彼女の瞳がゆっくりと開かれて、虚な視線が向けられた。
「灯華さん、しのぶです。もう大丈夫ですからね」
『…………』
胡蝶の言葉に小さく頷き返事を返す灯華。
「煉獄さん、あとは私が引き継ぎますから、少し席を外して頂いてもいいでしょうか?汚れた着物も着替えさせてあげたいので」
「…勿論だ。灯華をよろしく頼む、胡蝶」
「ええ」
「近くにいるから心配ない」と灯華に伝え、抱き寄せていた体を布団の上にそっと寝かせる。返事の代わりにゆっくりと目を閉じて、自身の身を胡蝶に委ねた。
「お鶴さんが来る。何かあったらすぐに呼んでくれ」
「分かりました」
灯華の姿を数秒見つめてから部屋を出ると、ちょうどお鶴と千寿郎が血相を変えてやって来た。胡蝶が来ている旨を伝え祖母だけを部屋に通すと、襖を閉め今にも泣き出してしまいそうな弟の肩に手を置いた。
「兄上っ……灯華さんはっ…なぜこんなっ…」
「千寿郎。少し、話をしよう」
「……っ」
母から子へ
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