「灯華の病は治らない。その術がないんだ」

別室へ連れて行き、目の前に座らせた千寿郎を見据えて真実を伝える。この状況では、頭のいい弟に気休めなど通用しない。嘘偽りを並べたところで、余計に悲しい思いをさせるだけだ。千寿郎は膝の上で両手を握りしめながら、兄の言葉にポロポロと大きな瞳から涙を流した。

「兄上はっ…初めから知っていたのですかっ?」
「ああ。幼い頃から知っていた」
「知っていてっ、灯華さんとっ…?」
「そうだ」
「どうしてもっと早くっ…」
「…………」
「もっと早くっ…話してくれなかったんですかっ…」
「…すまない、千寿郎」

肩を上下に揺らし、溢れる涙を拭い続ける千寿郎。
嘘だと思いたくて、何かの間違いだと言って欲しくて、この現実を受け入れることができない。優しい兄は、きっと自分を悲しませまいと気を遣ってくれていたのだろう。だが今はそんな自分の幼さや力の無さにすら憤りを感じる。自分なんかよりも辛い覚悟を背負った兄が、灯華が、二人の行く末が…あまりにも悲運で言葉にならない。

「…灯華さんは兄上と祝言を挙げるって…あんなに嬉しそうに笑っていたではないですかっ…」
「………」
「…なのにっ…なのにっ…」

苦しそうに言葉を詰まらせ、何かに耐えるように奥歯を噛み締めた。それでも湧き上がって来る悲しみの波に抗うことはできなくて、次から次へと涙が溢れ出て来る。
母を病で亡くし、一生を添い遂げると誓った最愛の人までをも病で失う兄。人々の為に命を賭して戦っている優しい兄が、一体なにをしたというのだ。見返りは失うことばかりではないかと、悔しい思いを心中から神にぶつける。
可哀想、なんて言葉じゃ表現できない。
兄の運命があまりにも悲しく、残酷な気がしたから。

「お前の言う通り、もっと早く話しておくべきだった」

本当にすまない。
そう謝罪した煉獄が、千寿郎を優しく抱きしめる。
力強くも優しい兄の温もりは、父親からの期待を得られずとも胸を張って生きて行こうと導いてくれた日のそれと全く同じだった。
大きな背中に腕を回して、肩に顔を埋め泣きじゃくる千寿郎。そんな彼とは対照的に、兄は涙を見せることなく弟の悲しみや悔しさを真正面から受け止めていた。

「兄上っ……」
「ん?」
「僕は…ひくっ…優しい灯華さんが大好きです…っ」
「ああ…」
「兄上といる時の…っ…幸せそうな笑顔を見るのが…とても好きです…」
「………」
「だから…二人にはっ…もっともっと一緒にいて欲しいっ…もっともっと…っ幸せになって欲しいっ……」
「………」
「灯華さんがいなくなってしまうなんてっ……絶対に嫌ですっ…」

弟の小さな体を抱きしめながら、ゆっくりと瞳を伏せる煉獄。優しい千寿郎の言葉に、全くもってその通りだと内心呟いた。母親の死を経験し、多くの仲間の死を見てきたからこそ、覚悟はできていると思っていた。しかしいざ灯華の死期を目の当たりにすると、感情が激しく揺れ動き、痛くて痛くて堪らなかった。自らの心で求めた繋がりは、時に家族や仲間以上に重く、尊い存在なのだと、灯華を愛したことで知った。
愛する者を失うことは、自分の命をかける以上に辛く悲しいことだと思う。まだ若く、死というものの概念すら定まっていない千寿郎にとっては…尚更だ。しかしそれでも、どんなに悲しみに打ちひしがれようとも、前を向いて生きていかなければならない。その悲しみを糧に、強く歩いていかなければならない。
千寿郎にも、どうかそうであって欲しいと願い伏せていた視線を上げた。

「千寿郎。お前は本当に優しい心を持っているな」
「…ひくっ……」
「俺と灯華の幸せを願ってくれて、ありがとう」

抱きしめていた体を離し、小さな肩を両手でしっかりと支え大粒の涙が溢れる瞳を真っ直ぐ見つめる煉獄は、こんな状況にも関わらずとても穏やかな表情を浮かべていた。

「確かに大切な人の温もりに触れられなくなるのも、直接言葉を交わせなくなるのも、悲しく辛いことだ。…けれど俺はな、千寿郎…。灯華と出会い、彼女を愛し抜けることがこの上なく幸せなんだ」

思い返せばどんな時も、隣にはいつも灯華の笑顔があり、優しさがあった。
母を失った時も。注がれていた父の情熱を失った時も。己が煉獄家の生業を背負い、父から炎柱を継ぐと強く誓った時も。大切な仲間を失った時も、必ず隣には…灯華がいて…直向きで、真っ直ぐな愛情を与えてくれた。自分だけを慕い、自分の為に懸命に命の炎を燃やし続けるその姿があまりにも美しく儚くて…堪らなく愛おしかった。

「死は人を別つが、大切な思いは永遠に心の中で生き続ける」
「……っ……」
「灯華の思いは、千寿郎の中で生き続ける」
「…兄上っ…」
「母上の思いが、俺たちの中で生きているようにな」

『瑠火様はここには居ませんが…その思いは、貴方たち兄弟の中で生き続け、また次の未来へと繋がっていく。…私はね、千寿郎くん』
「………」
『貴方や杏寿郎さんの中で生き続けられることが、とても幸せなのです』


人の体はいつか朽ちる。
永遠ではない。
大切な人との別れは、辛く、悲しい。
けれど、死はその崇高な思いまでをも別つことは出来ない。人から人へその思いは受け継がれていき、生き続けるのだから。


君の笑顔が朽ちるまで、
僕は笑い続ける。


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