「煉獄さん。処置が終わりました」
泣き疲れ、深い悲しみを抱えたまま眠りについた弟に注いでいた視線を部屋の入り口に向けた煉獄。片膝に手をつきながら立ち上がると、障子戸に浮かんだ胡蝶の影を見つめたまま戸を開き部屋を出る。目の前にいる胡蝶へと視線を向けると、いつも通りの穏やかな表情が返ってきた。
「灯華の容体はどうだ?」
「今は落ち着いています。近くに居てあげて下さい」
「うむ、そうさせてもらおう。本当に助かった、胡蝶」
礼儀正しく頭を下げ、感謝の言葉を口にした煉獄に対し、頭を上げるよう促す胡蝶。こんな状況にも関わらず他人への思いやりを欠かない彼の姿勢は、早早に真似できるものではない。顔を上げた煉獄は「ありがとう」と優しく笑みを浮かべ、灯華のいる部屋へと入っていった。
「灯華、杏寿郎様が来てくれましたよ」
『…………』
お鶴が孫に声をかけるが、当然返事はない。
ゆっくりとした規則的な呼吸を繰り返し、仰向けで眠っている灯華の表情は実に穏やかで苦痛など感じていないように見える。断りを入れてお鶴の隣に腰を下ろした煉獄の右手が、白く清らかな頬に添えられた。
「灯華。…よく、耐えてくれた。ありがとう」
『…………』
「君は本当に強い女性だ」
大きな瞳が愛おしげに細められ、灯華を見つめる。あとから部屋に入ってきた胡蝶は少しばかり小さく見える煉獄の背中に視線を向けたまま、眉を八の字に下げた。
「一時間程で、薬が切れ目を覚ますと思います」
「そうか。…もう少し居られるか?」
「勿論です。目を覚ましたあとの診察もしたいので」
「ありがとう。君は俺たちの命の恩人だな」
「灯華さんには、長生きして頂かないといけませんから」
胡蝶の言葉を聞き、添えていた手で灯華の頬を優しく撫でる煉獄。せめて眠っている間だけでもいい。
幸せな夢を見てくれと、切に願った。
*
「フフンフンフ〜ンッ」
「甘露寺、本当にこれを贈るのか?」
「勿論っ。だって祝言のお祝いですから!」
「……そうか」
鼻歌まじりに軽快な足取りで隣を歩く甘露寺が抱えているのは大量の百合の花束。そして彼女に頼まれ付き添っている自分の腕の中にも、これまた大量の百合の花束がある。生まれてこの方こんなにも沢山の花を持ったことなどなくて、少し違和感を感じた。甘露寺の頼みでなければ一生無縁なものだったなと思考を巡らせながら、伊黒は花から甘露寺へと視線を向ける。
「灯華ちゃん、百合の花が好きだから喜ぶだろうなぁ」
甘露寺と交わしている手紙の中で頻繁に登場する灯華のことを、伊黒はよく知らない。藤の花の家紋の家の娘で、華道を嗜み、その性格は優しく穏やかで控えめな、可愛らしい女性だと甘露寺が教えてくれた。そしてこの大量の花を受け取る彼女こそが、あの煉獄杏寿郎の想い人であり近々彼の妻になる人物なのだということも。
いつも嬉々としながら灯華のことを書き記してくれる甘露寺は、今も幸せそうな笑顔を浮かべながら灯華のことを語っている。女性嫌いな自分からしたら少しどうでもいいことであるが、甘露寺の穏やかな笑顔を見られることは何よりだと思えた。
「例の彼女か。病弱だと書かれていたが、大丈夫なのか?」
何気なしにそう問うと甘露寺の大きな瞳が見開かれ、ゆっくりと切なげに伏せられていく。ああ、聞いてはいけなかったと後悔した。
「この間会った時、少し具合が悪かったように見えて…」
「………」
「煉獄さんも灯華ちゃんも、周りに気を遣って平気なフリをするから…正直私、心配してるの」
抱えている花束と共に不安をきゅっと抱き寄せた甘露寺。
他者を心の底から思いやることのできる清らかな心を持つ想い人を横目に、伊黒はどんな言葉をかけるべきかと頭を悩ませた。彼女の気持ちを完全に理解することは不可能だが、少しでもいい、彼女の痛みに寄り添いたい。気の利いたことを言う自信などないが、一瞬でもその曇った表情が晴れればと伊黒は覚えている限りの手紙の内容を思い出し、口を開いた。
「強い女性なのだろう?柱の妻になるのだから」
「え…?」
「自身の死期を悟りながらも、周りを幸せにする強く優しい心を持った女性なんだと教えてくれたのは君だ」
「伊黒さん…」
柄にもないことを言った自分から視線を逸らすように、瞳を伏せる。不治の病というわけではないが、自分にも負い目を感じる箇所は沢山ある。だからほんの少しばかり、灯華の抱える辛さが分かるような気がしたのだ。背負うものがその身にそぐわないほど大きなものであったとしても、愛する者のために生きなければならないという純粋な思いが。
甘露寺は伊黒の言葉にぐっと唇を噛み締めると、自分が感傷に浸っている場合じゃなかったと首を左右に大きく振った。
「そうっ。そうなの!灯華ちゃんはとっても強い子なの!だからきっと、病なんて吹き飛ばして最っ高の祝言を煉獄さんと挙げるわよねっ」
「その意気だ」
「私が落ち込んでちゃ駄目だわ!うんっ。そうよねっ」
伊黒の言葉に背を叩かれた甘露寺は、頬を赤くし高揚したまま「煉獄さんが選んだ女性だもん!」と眉を吊り上げ隣を歩く伊黒へと視線を移す。
「ありがとう!今度灯華ちゃんに会ったら、伊黒さんのことを話しておくわ。ふふっ」
「…好きにするといい」
そう言って向けられた笑顔が、あまりにも眩しかった。
シアワセのカタチ
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