「灯華…!」
「灯華さんっ…」

灯華の意識が覚醒したことで部屋の空気が一変した。二人がほぼ同時に身を乗り出して虚な表情を浮かべている灯華の瞳に映り込むと、弱々しい小さな声が煉獄の名を呼んだ。『杏寿郎さん』と。愛おしい者の存在を確かめるかのように。

「俺ならすぐそばで君の手を握っている。…分かるか?」

大きな両手で華奢な手を包み込み問いかける。
煉獄の言葉通りぼんやりとする意識を手先に集中させると、確かに彼の温かくて優しい温もりが伝わってきた。灯華はそれが分かると安堵したのか体中の力を抜き、微笑みながら深い溜息を吐いた。

『…杏寿郎…さん…』
「ん?」
『……私は…まだ…生きているのですね…』

目を閉じて、またゆっくりと開く。
煉獄の体温と、二人の姿、そして自身の中で灯り続けている命の鼓動を感じながら灯華は素直な気持ちを口にする。そんな彼女の言葉に目を細め優しく微笑んだ煉獄は、握っていた手をやんわりと離し両手で灯華の頬を包み込んだ。

「何を言うっ、当たり前だろう!不甲斐無い夫を残して先に母上の元へ行かれては困る」
『………』
「ふふっ。そうですよ灯華さん。煉獄さんは愛妻家ですから」

口元に手を添えて冗談を重ねた胡蝶が穏やかな笑顔で微笑むと、つられるかのように灯華の顔色が良くなった。

「煉獄さん、診察をしますから、少しだけ席を外して頂いても?」
「ここに居ては駄目なのか?灯華が寂しがる」

一時たりとも無駄にしたくないのだが…と大きな瞳をぱちぱちと動かして首を傾げた屈強な炎柱の姿が何とも可愛らしく見えて、胡蝶が吹き出し品良く笑った。

「ぷっ…ふふっ。駄目ですよ、女性の診察なんですからっ」
「う〜ん……。ならばこれなら良いだろう!」
「え?」
「俺は胡蝶が良いと言うまで絶対に振り向かないから、診察を進めてくれ!なるべく早く!」

灯華の頬から手を離し、くるりと大きな背中を向けた煉獄。まさかそこまで頑なとは…っ。と呆気に取られている胡蝶の羽織の裾をそっと掴んだ灯華が、困った様な笑みを浮かべて弱々しい声色で口を開いた。

『…こうなってしまうと…杏寿郎さんはテコでも動きません…』
「うむ!灯華の言う通りだ!気にするな!」
「…ふふふっ。困った人ですね、うちの炎柱は」

そう言い灯華と視線を重ね、二人は穏やかな笑みを浮かべた。



「私もお二人の祝言に、参列させて頂いてもいいですか?」
『えっ…?』
「おおっ。それは良い!勿論歓迎するとも」

診察を終え、処方した薬を灯華に手渡しながらそう言った胡蝶に二人は対照的な反応を示した。『杏寿郎さん?お話ししたのですか?』と意を込めて首を傾げる灯華の手を優しく握りしめ、煉獄は笑顔を浮かべて首を縦に動かした。

『本当に良いのですか…?胡蝶様も多忙なのに…』
「平気です、鬼が活動するのは夜ですから。それに、煉獄さんが言うのですよ」
『?』
「灯華さんの白無垢姿を見ないなんて、一生後悔するぞって」
『…えっ…?』

ふふっと楽しそうに笑った胡蝶の言葉に灯華は一瞬目を見開いたあと、困った様な表情を浮かべ、何故その様なことを言ったのかと繋がれている煉獄の手を弱々しく引き寄せた。

『期待を高められては困ります…杏寿郎さん…』
「その様に謙遜ばかりするな、灯華。本当のことを伝えたまでだ」

昔から何一つ変わらない煉獄の優しさは、どんな時でも心を温かく包み込んでくれる。かけがえのない者の迫る来る死期を感じながらも、彼は悲観せずまるで太陽のように行先を照らし続けるのだ。叶わぬかもしれないが、純白の白無垢を身に纏った灯華の姿を思い浮かべる度、別れの恐怖が期待へと色を変えていく。それは彼にとって想像せずにはいられない幸せだろう。

「君のように身も心も美しい女性には、汚れのない純白がよく似合うものだ」

偽りのない煉獄の言葉に胡蝶が「煉獄さんったら」と笑い、灯華は気恥ずかしそうに頬を染め目を泳がせた。

「では、決まりですね。…灯華さん」
『はい…?』
「祝言の日まで、どうか無理をなさらず安静にして下さいね。灯華さんの晴れ姿を、楽しみにしています」

何かを祈るような、切願するような眼差しを向け瞳を伏せる胡蝶。煉獄と同じように灯華の左手をキュッと握りしめてから、花が咲いたような笑顔を浮かべた。

『本当に…ありがとうございます胡蝶様。…病になど負けないと…必ず約束します』

そう言って握り返された手から伝わる弱々しい温もりに、炎の如く強い意志を感じた。


希望の花がを開けば

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