「杏寿郎」
「はい!父上」
「お前に、話しておきたいことがある」

煉獄杏寿郎が"その事実"を知ったのは、彼が十にも満たない幼い日のことであった。父に呼ばれて視線を向ければ、生まれたばかりの千寿郎を愛おしそうに抱きあやす母が見える。「こちらで話を聞きなさい」と縁側に座る父の隣に立った母、瑠火の一言に、杏寿郎は大きく頷き「はい!」と短い返事を返した。

「父上、お話とは一体なんですか?」

鍛錬のため振っていた竹刀片手に自分の目の前までやってきた息子に対し、槇寿郎は少しばかり瞳を細め真剣な表情を浮かべた。そして…『稀血』という特殊な血を持って生まれてきた人間についての話をし始めた。

「まれ、ち…?」
「そうだ、稀血だ。鬼殺隊の隊士を目指すなら覚えておけ」

稀血を有する人間は少ない。
人喰い鬼にとって稀血とはいわば高級食材。
彼ら彼女らの肉体や血の栄養価は極めて高く、一人食せば五十〜百人分の人間を食べたのと同等の栄養を得られるという。それ故に、稀血の人間は鬼を引き寄せ狙われやすい。

「その、稀血を持つ人をどう見分ければよいのですか?」
「残念だが、我々には不可能だ。鬼ならば分かるが」
「それでは守る前に殺されてしまいます!」
「隊士になったからといって、全ての人を守ることは難しい」
「父上のような強い炎柱になってもですか?」
「そうだ。現実と理想は異なるものだ」
「けどそれではっ…」
「無論、お前が強くなることで確実に救える命もあることを忘れるな」

穏やかな笑みを浮かべた槇寿郎は、親友の残した唯一の忘れ形見である少女の姿を思い浮かべる。

「灯華を守れ、杏寿郎」
「…!!」
「あの子は稀血を持つ人間だ。鬼は必ず狙って来る」
「灯華が…稀血」
「絶対に、鬼の手に渡してはならん。良いな?杏寿郎」
「…はいっ、父上。灯華は必ず、俺が守ります!」



自分が稀血を持って生まれた人間だと知った時、灯華は困ったような表情を浮かべていた。『病弱で、杏寿郎さんに守って頂かねばならない身でありながら、流れている血だけが立派では…サマになりませんね』と。

「灯華!!!!灯華何処だっ!」

産屋敷からもたらされた情報の中には、藤の花の家紋の家より稀血を有する者が鬼に連れ去られた可能性があるとされていた。しかしそれが、"どちらの稀血"を指しているのか煉獄には分からない。通い慣れた正門を抜け、腹の底から声を張り上げ名前を呼ぶ。どんな形でもいい、姿を見せ、己の呼びかけに応じて欲しいと強く願った。

「灯華!!」

砂利を踏みつけ、庭に面した座敷部屋を視界におさめる。
見慣れた部屋は、もぬけの殻だった。
千寿郎も、十四紀も、桃葉も、床に伏せているはずの灯華の姿さえ見当たらない。煉獄のこめかみに冷や汗が伝う。心臓がドクンドクンと脈打ち始め、急ぎ指定された場所へ向かおうと振り返ったその瞬間…腰あたりにドンっという衝撃が加わり、視線を下げれば絵本を片手に泣きじゃくる桃葉の姿が映り込んだ。

「桃葉!無事だったのか!良かった!」
「杏寿郎お兄ちゃぁんっっ…うっ…ひくっ…」
「桃葉、灯華は何処だ?十四紀と千寿郎はっ」
「うぅううっ…うっ…わかんないのっ……」
「一緒ではなかったのか?」
「みんなっ…十四紀お兄ちゃんをさがしに…ひくっ…いったのっ…」

幼い少女が満足に現状を説明できる状態ではなかった。
大粒の涙を流しながら、肩を揺らし泣き叫ぶ桃葉。優しく抱き寄せ「大丈夫だ」と宥めると、家を囲んでいる塀の上に人影が現れ煉獄の名を呼んだ。暗がりでも分かる知った気配は同じ鬼殺隊の柱のもので、珍しく取り乱している様子が伺える。

「煉獄さん!やはりこちらにいらしたのですねっ」
「胡蝶かっ。悪いがこの子を頼みたい!」
「灯華さんはっ!?」
「どうやらここには居ないようだ…」
「では、連れ去られたというのはっ…」

塀の上から庭に降り立ち、表情を強張らせながら二人に駆け寄る胡蝶。煉獄は桃葉の体を引き離し、不安を与えぬよう一度目を閉じてからいつも通りの笑顔を浮かべて桃葉の頭を優しく撫でた。

「桃葉。心配せずに、もう少しだけ待っていてくれ」
「…っひく…みんなっ、みんなたべられちゃったのっ?」
「そんなことはない!必ず連れて帰ると約束しよう」
「なにも…っ、なにも、できなくてごめんな、さいっ…」

大好きな桃太郎の絵本をギュッと抱きしめ、くしゃくしゃに表情を歪めながら煉獄を見上げる桃葉。突然自分の目の前から大切な存在が消えてしまった恐怖にかられながらも、「お兄ちゃんたちをたすけてっ…」と懇願した。

「当然だ!俺は大切な家族を、絶対に見捨てたりしない」

穏やかに微笑み、「桃葉を頼む」と胡蝶に視線を向ける。

「行って下さい煉獄さん。すぐに合流します」
「すまない、胡蝶」

砂利を蹴り、一瞬で塀の上へと移動した煉獄。
桃葉がその姿を追おうと振り返った時にはもう、そこに煉獄の姿はなかった。胡蝶が瞳を伏せながら小さな肩を抱き、空に浮かぶ月を見つめた。

「どうかっ、間に合って…っ」

*.約束

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