「お鶴さん!炎柱だっ」
「…杏寿郎様っ…!?」

一人の従者が目を見開き叫ぶようにお鶴を呼んだ。
提灯の灯りを闇に向け、「ほら、あそこにっ…」と煉獄の姿を指し示そうと手を上げた次の瞬間。強い風が二人の髪や着物を揺らし、待ち望んでいた人物がお鶴のすぐ横を通り過ぎ少し行ったところで立ち止まる。人並外れた身体能力を目の当たりにし、従者は言葉を詰まらせ冷や汗を垂らした。

「杏寿郎様…っ」
「お鶴さん!貴方が無事で何よりだ。…この遺体のご老人は確か…」
「… 灯華の主治医の、齊藤先生にございます…」
「やはりそうか」

藤の花の家紋の家を後にし目的地へと向かっていた最中、数名の従者たちとお鶴の気配。そして鬼の臭いが染みついた死体の気配を感じていた。声がけも無しに二人の横を通り過ぎたのは、死体の身元を一刻も早く確認したかったから。

「…間に合わず、申し訳なかった」

食い散らかされた遺体。大量の赤い血が地面に染み出し、腕や足が無くなっている。内臓は四方八方に引きずり出され、人間だったそれはただの肉塊と化していた。あまりにも酷過ぎるその姿を前に、煉獄はスッと瞳を細め両手を合わせて黙祷を捧げた。齊藤は騒ぎを聞きつけ子供達の捜索に尽力してくれていたという。だがその最中、運悪く鬼に襲われ息絶えたのだ。煉獄は湧き上がる感情を抑えながら、目前に迫った深い森に視線を向けた。

「桃葉から、皆十四紀を探しに家を出たと聞いた」
「…突然消えた弁慶を追い、十四紀が行方不明に」
「千寿郎はあの子を探しに向かったのだろう?」
「……はい」
「……そうか!承知した」

この状況に取り乱すこともなく、異常なほど冷静で、だがいつもと変わらず堂々としている煉獄の様子に従者たちが顔を見合わせる。さすがは鬼殺隊の柱を担う男だ…と。そんな煉獄の背中を見つめたまま、お鶴は震える両手をぎゅっと腹の前で握りしめた。

「お鶴さん」
「……はい」

森から吹き抜けて来る不気味なほど冷たい風が、煉獄の燃えるような色の髪を、羽織を揺らす。

「灯華は何処だ」
「………」

刹那の間が、とても長く感じられたのは…これから問われる問いの答えを口に出すのが恐ろしくて堪らなかったから。お鶴や従者たちの抱く苦痛に満ちた感情をその背に受けながら、煉獄は一歩前へ歩みを進めた。

「………杏寿郎様…あの子はっ…」

厳格なお鶴の瞳から、涙がこぼれ落ちる。

「孫は胡蝶様から頂いた薬を服用しっ…鬼を…っ」
「…………」
「鬼を斬りにっ……二人の元へ向かいましたっ…」
「…………」
「申し訳ございませぬ杏寿郎様っっ……!!!」

悲痛な叫び声と共に聞こえて来たのは、膝を地に着く土を擦る音。深々と頭を下げて土下座しているお鶴に顔だけを向けた煉獄が、刀の柄に右手を添えた。

「…"炎柱の妻としての責務を果たせ"と、あの子の背を押したのは私でございますっ…」
「…………」
「本来ならば、身を挺して孫を引き止めなければならない役目に御座いましょうがっ……私はその務めを放棄し、灯華にお祖父様の日輪刀を握らせましたっ……。如何なる罰も甘んじて受ける覚悟でございますっ…」
「…………」
「この老ぼれの命では何の足しにもならぬやもしれませぬが…っ。どうかっ、どうかっ……あの子たちをっ……」

止めど無く溢れる涙。
たった数時間前の出来事だが、既に後悔ばかりが胸に渦巻く。

「お救い下さいませっ……杏寿郎様っっっ…!!!」

常日頃、厳格なお鶴が人前で涙を流すことはない。
元炎柱の孫娘としての誇りから、人前で地に額を擦り付けてまで慈悲を乞おうとすることはない。そんなお鶴が煉獄相手に頭を下げ感謝や願いを伝える時は、いつも決まって孫娘を思う時である。威厳や誇りを捨て、懸命に灯華を思うその姿は、まさに母親そのものであると煉獄は思った。

「炎柱の妻としての責務…か」
「…っ?」
「実に灯華らしい言葉だな」
「杏寿郎様……っ?」

再び前を見据えた煉獄の言葉に、お鶴が顔を上げる。

「お鶴さん。行くと決めたのは灯華の意思だろう」
「!!!」
「貴女はそれを尊重し、背を押しただけのこと。謝罪は不要だ」
「何故っ…それをっ……」
「簡単なことだ!」

出会えたことに感謝をしたい。
この世に生まれて来てくれたこと…。
同じ時代の今という時間を共に歩めたこと…。
そして、生涯分の純愛を捧げることができたこと。
灯華という存在に愛されたこと。
この全てに、心からの感謝をしたい。

「この先にある未来こそが、灯華の守りたいものだからだ」
「……!」

穏やかな声色でそう言った煉獄の姿が、次の瞬間には視界から消えお鶴たちの身に温かな風を吹かせた。

***.


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