「灯華!」
『はい?』
「灯華!!」
『なんでしょうか?』
「灯華!!!」
『杏寿郎さん、目の前に居るんですよ?流石に聞こえています』
「そうか!それは良かった!」
ゴクリッと頬張っていた白米を飲み込み、目の前で控えめにクスクスと肩を揺らしている灯華を見つめ微笑んだ煉獄。屈強な体を持ち鬼の頸をはねるほどの男だが、浮かべる笑顔は無邪気な少年のようにどこかあどけなさがある。
「君の作る料理はいつもうまいな!」
『ふふっ。よかった、杏寿郎さんのお口に合って』
「特にこの旨煮は格別だ!毎日食べたい!」
先程から膳に並べられた色とりどりの料理を口に運ぶ度に、煉獄は「うまい!うまい!」と連呼する。食べるか喋るかどっちかにしたらどうだろうか?と、食事を共にする度思うのだが、そんな姿も微笑ましくて愛おしいので何も言わずに見守っている。
「おかわり!!」
『杏寿郎さんこれで六杯目です。…お腹壊しませんか?』
勢いよく突き出された茶碗を受け取ったはいいが、ご飯大盛りをすでに六杯完食していたため流石に心配になり問いかける。しかし当の本人は旨煮(肉じゃが)の入った器を片手にもぐもぐしながら「うまい!」と目を輝かせていて、その姿を見た瞬間にあ、この人後三杯は食べるなと灯華は察知した。
『杏寿郎さんはいつも沢山、美味しそうに召し上がってくれるので作り甲斐があります』
「うむ!それは結構!俺は沢山食べるからな!」
『ふふっ。以前、お婆様が言っていました』
「?(モグモグ…。うまい!)」
『私の父も、生前はとても"食いしん坊"だったと』
リスのように頬を膨らませ、何故だか笑いを堪えている灯華をじぃーっと見つめる。彼女の両親は灯華が物心ついた頃に亡くなったと聞いていたから、実際に父親がどんな人物だったかは分からないが…灯華が楽しそうにしているのであればいいだろうと、差し出された大盛りのご飯茶碗を受け取った。
「俺はきっと、君の御父上より"食いしん坊"なのだろうな!」
『ふふふっ。そうかもしれませんね』
自然と笑顔になれる団欒の時間とは、当たり前のようだが実に貴重な時間である。命をかけ戦う煉獄と、生まれ持っての病に命を脅かされる灯華。互いの命の時間を感じあえる一時が、惜しくて惜しくて堪らない。
食事を終え、片付けのため席を外した灯華のことを想いながら、煉獄は縁側に腰を下ろし星が輝く夜空を見上げた。あとどれくらい、彼女は命の炎を灯し続けることができるだろうと。
「鬼狩り様…。食後に甘い物など如何ですか?」
突然現れた人の気配と、聞き慣れた老婆の掠れた声。
常人であれば酷く恐れおののく状況だろうが、煉獄は顔色一つ変えず視線だけを左手に動かし笑みを深めた。
「結構だ、お鶴さん!灯華の手料理で腹が一杯でな」
「左様で御座いましたか。ではお茶を御用意しましょう」
「ありがとう!…お鶴さん、一つ尋ねたいことがある」
深々と下げていた頭をゆっくりと上げ、灯華と同じ色の瞳を若干細めたお鶴と呼ばれた老婆は、なんの感情の変化も見せない煉獄の背を見つめながら「何でしょう?」と静かに呟いた。
「灯華の食が細くなったのは、ここ数日のことだろうか?」
「……」
「少し痩せたように見えた。…ほんの僅かだが」
お鶴は俯き、表情を歪めた。春の夜風が煉獄の少し長い髪を揺らし吹き抜けると、悲しみに堪えるような掠れた声が言葉を紡いだ。
「五日程前に…薬を変えたのです。副作用があり、食が進まぬと申しておりました」
「そうか。…思っていたより進行が早いようだな」
「ええ。孫は、母の年は越せぬようです」
「…そうか」
お鶴の話を聞き、納得した。短い一言一言が妙に重く、悲しみを含んでいる。辛いのは自分よりも、娘と孫を同じ病で看取らなければならないお鶴の方だ。
若干瞳を伏せ、変えられない現実と向き合うため一度深呼吸をする煉獄。幼き頃、病で死んだ母親の姿が脳裏を過ぎる。
「鬼狩り様…」
「ん?」
「本来であれば、この様な願いを告げるだけでも厚かましいことは重々承知の上でございますが…どうか、どうか、どうか…余命の迫る孫を哀れみ一刻でも多くの時を…過ごしてやっては頂けないでしょうか…。貴方様を慕うあの子の気持ちをどうか汲んでやって欲しいのですっ…」
床の木目に額を付け、深々と頭を下げ懇願するお鶴を視界にいれた煉獄。悲しみの中必死で孫の幸せを願う祖母の姿は、心臓を抉られるほど痛々しく見えた。
「どうか頭を上げて欲しい。そのような言葉は不要だお鶴さん」
「鬼狩り様っ…」
煉獄は体を後ろに向けお鶴と向かい合う様にして座ると、大きな目を少しばかり細めて穏やかに微笑んだ。
「気休めになれば幸いだが俺は…」
「…?」
「灯華を今すぐにでも妻に迎えたいと思っている」
「!!!!!」
目を閉じて、どこか嬉しそうに微笑みながらそう言った煉獄の言葉が、お鶴の目から止めどないほどの涙を流させた。言葉にならない感謝の思いが大粒の水滴となって床に落ちて跡を残す。煉獄の大きな手をシワの刻まれた細い両手で握りしめると、彼の美しい最愛の母によく似た、温かい想いの炎に触れた気がした。
「ああ、やはり杏寿郎様は…っ…あの方のっ…瑠火様の思いを継ぐことのできるお方でいらっしゃるっ…」
「そうだと良いのだが…。ありがとうお鶴さん」
その一刻を僕に委ねて
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