「お前の兄貴は大そうな刀を振り回していたけど」
「…っ(ほ、本物のっ…鬼っ……)」
「弟は丸腰?…まさかオレ達(鬼)を斬れないとか?」
少年の姿をした鬼が手にしていた人間の腕と頭を滝壺に投げ捨てると、ボチャンッ!と音を立てて波紋が広がった。意外そうな表情を浮かべながら首を傾げ、十四紀を庇うようにして立ち塞がった千寿郎に一歩近づく。
「隊士ですらないのか。才能ないの?兄貴は柱なのに?」
「……っ(気圧されるっ……落ち着けっ…落ち着けっ…)」
「ハハハッ!鬼を見るのは初めてか?可哀想な奴だ」
賢鬼には、千寿郎という人間がとても哀れに見えた。
十二鬼月をも討つことのできるあの屈強な炎柱と同じ血が流れているにも関わらず、今目の前にいる少年はただただ小さな体を震わせているだけだからだ。
けれど…どうにも気に食わないのが圧倒的不利な状況にも関わらず諦めを感じさせない燃えるような瞳が確実に自分と対峙していることだ。自分の非力さから生まれる恐怖、絶望、次の一手などないと解っているだろうに千寿郎からは死の臭いがしない。
「俺にも馬鹿な弟がいるけど、お前は多少賢そうだね」
「弟っ…?(もう一体鬼がいるのかっ…)」
「だから死ぬ前に教えてくれ。死ぬんだから勿体ぶるなよ?」
「………っ」
ヘラヘラと陽気に笑った賢鬼は右手で千寿郎の背後にいる十四紀を指差し首を傾げた。
「"ソレ"と同じ匂いのする女の居場所が知りたい」
「「……!?!?」」
「ほら、あの"稀血"の女だよ」
「(まさか、灯華さんのことかっ…!)」
「…う"っ…」
「(なら従兄弟の十四紀君もっ…)」
二人が稀血であることを、千寿郎は知らない。
自分が稀血だという認識のある十四紀はさらに身を震わせて、千寿郎の背にしがみつく。何とか恐怖に耐え意識を保っている様だが、その表情は酷く青ざめている。
「お前の兄貴が匿ってるんだろ?」
「…!?」
「俺たちはその匂いを追ってここまで来たんだ。間違いじゃない」
灯華が家の外へ出られないのは、病が原因だと思っていた。けれど鬼の言葉を聞き、何故お鶴が過剰なほど頑なに灯華を囲っていたのか納得できた。と同時に、兄杏寿郎の思いも…。
「(兄上も、ずっと灯華さんを守ってっ…)」
「お前たち人間は、情に熱いだろ?」
「…な、何の話だ…」
「俺は賢いから分かるんだよ。稀血女はお前ら二人を探しに此処へ来る」
「………」
「そうしたら鬼狩りの柱が此処へ来るだろう?」
「………」
「お前の兄貴が強いのは知ってるよ。今の俺じゃ勝てないこともね」
両手を軽く上げながら「認めたくは無いけど」と笑みを浮かべた賢鬼。飄々とした態度で千寿郎たちに接してはいるが、ビリビリと伝わってくる殺意は本物で、ごくりと息を飲み拳を強く握りしめた。
「だからそうなる前に、女を喰いたい」
「……そんな女性は知らないっ」
「おいおいおいっ、嘘つくなって!自分の立場を考えろよ」
「た、例え知っていたとしても、誰がお前なんかに…っ」
「いやだからさぁ〜、俺初めに言ったよな?」
「!?」
水面に立っていた賢鬼の姿が、一瞬で千寿郎たちの視界から消えて無くなる。水面がポチャン…とこの場に似つかわしく無い音を立てたかと思えば、一度瞬きをしたその間に目の前が真っ暗になった。そして…。
「どうせ死ぬんだ。勿体ぶるなって」
「…!?」
「っ!千寿郎兄ちゃっ……!」
それは、一瞬の出来事だった。
獣の様な鋭く尖った爪の生えた鬼の手が、千寿郎の顔面を鷲掴みその体をいとも簡単に数メートル先にある大木へと放り投げ叩きつけた。ドンッ!!というイヤな音が辺りに響き渡り、十四紀が悲鳴に近い声を上げながら駆けつけようと体を動かすと、髪を掴まれ強制的に拘束されてしまった。
「っ…はなせっ、はなせはなせはなせっ!!!!」
「喚くな。今すぐ喰われたいから?」
「…っっ」
自分の手から逃れようと四方八方に体を動かす十四紀に対し、低い声でそう問い掛ければピタリと動きが止まった。ポロポロと溢れ続ける幼な子の涙に同情するどころか怪しげな笑みを浮かべ、賢鬼は十四紀を小脇に抱えると軽く岩場を蹴り千寿郎の目の前まで移動した。
「なぁ、死んだか?」
「……っっ(千寿郎にいちゃんっ…おきてくれっ…)」
木の幹を背に、頭から血を流しぐったりと俯いている千寿郎の顔を腰を屈めて覗き込む。虚な瞳が一点を見つめ、薄く開かれた唇からは本当に微弱な呼吸が漏れていた。ああ、これは間も無く死ぬな。そう悟った賢鬼が顎に手を当て背筋を伸ばす。
「俺としたことが、殺す順番間違えたか?」
「兄ちゃ、んっ…!おきて!立ってよ千寿郎兄ちゃん!」
「無駄だ。死ぬよそいつ。つーか、お前は女の居場所知ってんの?」
「知らない!!…お前なんか、お前なんかっ…う"ぅっ…」
「俺がなに?」
脇に抱えた十四紀を下ろし、首を締め上げながら自分の視線の高さまで持ち上げる。苦しそうに表情を歪めて人間離れした筋肉質な腕を力一杯握りしめると、十四紀は自分が出せる最大限の声量で一生に一度ともなり得る願いを口にした。
「お前、なんかっ…!!杏、寿郎がやっつけてくれる!!」
「…………」
「俺たちのかたき、をっ…とってくれるんだっ…」
「…………」
「だか、らっ…ぐっ……」
「うるせぇよ。やっぱお前から殺す(喰う)」
賢鬼の手に力が込められ鈍く光る眼光が十四紀を射抜く。そして華奢な右手を雑に掴み手首を軽々と折り曲げると、痛烈な痛みから断末魔のような悲鳴が上がった。
「あ"ぁあ"あ"ぁぁあ"ぁあっ…!!!!!」
「稀血のお前は、何人分だ?」
聞こえてきた凄まじい断末魔。
ゆっくりと開かれていく視界に映り込んだのは、十四紀を食べようとしている鬼の……。
「……えっ……」
「なっ……!?」
鬼の背に日輪刀を突き刺す、ここに来れるはずの無い、
『もうこれ以上、私の家族を傷つけることは許さないっ…!』
灯華の姿だった。
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