「何もしなきゃ襲われないと思うからさ、頼んだよ」
『え、頼んだよ?五条先輩は?一緒ですよね?』
「いや、僕これから"お家"で大事な用があってさっ」
『は?…聞いてないんですけど』
「今言った。メンゴッ」
『…いつになったらそうゆうとこ直してくれるんですか!』

二日後だと思っていた〆切前に「ごめんやっぱ〆切今日だった」と言ってくる同僚がいたならば、多分…いや絶対に殴り飛ばしている。特別室の扉を前にして何の罪悪感もなく後は任せた!と相変わらずのマイペースを貫く五条に、純またかと溜息を吐いた。

「大丈夫!純は生徒ウケいいからっ」
『怨霊ウケ最悪だったらどうするんですか』
「大丈夫!…根拠ないけどっ」
『ふざけんな薄情男!死んだら呪い殺してやるっ』

グッ☆と親指を立て笑った五条の左頬を、憎しみを込めてコレでもかというくらいに強く引っ張る。

「純にのろい殺しゃれるならほんもー」
『いや違うな。来世で別の男とやり直すわ』
「えぇ!?来世れも一緒にいよーよっ!」
『やだ!』

ビシッと言い切りながら手を離すと、少し赤くなった頬を摩り口を尖らせた五条の姿が視界に映った。もちろん感じている不安以上に気がかりなのは、乙骨憂太の精神状態の方である。

「みんなと会う前に、少しでも気持ち軽くしてやってよ」
『そんな簡単ですか…?』
「高一の時の純よりはマシでしょ」
『一番問題児だった人に言われたくないんですけど』
「いや〜そんな僕らも今や教師だよ!感慨深いねぇ」
『話し誤魔化した。…じゃあまあ、あとで連絡します』
「うん、気をつけてね。いってらっしゃ〜い」

扉を開けてゆっくりと中に入って行った純の姿を、五条はヒラヒラと手を振りながら見送った。



今年の高専一年生は、実にユニークな顔ぶれをしている。

「聞いたか?今日くる転校生。同級生四人をロッカーに詰めた・・・んだとさ」
「殺したの?」
「ツナマヨ」

突然変異呪獣・パンダは…パンダである。
純いわく、世界的認知度の高いパンダという動物の紹介を、詳細にする必要はないという。だから毎回、彼を紹介する時は『(上野○物園にいるやつとは違う)パンダ』で済ませている。
そしてその隣を歩くのは御三家の一つ、禅院家の血を引く呪具の使い手、禅院真希。
そして最後の一人は呪禁師、狗巻棘だ。常に口元をネックウォーマーで覆い隠し、他者への影響が出ないようにと考慮した彼の語彙はおにぎりの具に限られている。
そんなユニークな三人の話題は、今日転校してくる乙骨憂太について。

「いや、重傷らしい」
「ふぅん。ま、生意気ならシメるまでよ」
「おかか」
「だな。純にド突かれるぞ」



ー同時刻、特別室。

「これは何かな?乙骨憂太君」

乙骨がいる特別室には、異様な空気が漂っていた。

「ナイフ…だったものです」

彼の呪いを抑えるべく、壁一面に隙間なく貼られた大量の呪符と、天井から伸びるねじられた太い縄。その間に置かれた簡素な椅子に膝を抱えて顔を埋めている乙骨は、グニャリとねじ曲げられた"ナイフだったもの"を眺めている五条の問いに対し、喉の奥をならし弱々しく答えた。

「死のうとしました。でも里香ちゃんに邪魔されました」

自身の体にしがみつき、湧き出た自殺願望を隠すわけでもなく口にした乙骨の表情に色はない。そして光の差さない全てに失望しているような瞳で、目の前にいる五条ではなく床の一点を見つめた。

「暗いね。今日から新しい学校だよ」
「行きません」

ぱっと持っていたナイフだったものを手放した五条は、昨夜一足先に乙骨と話をした純から受けた報告と、今目の前にいる乙骨が放った否定の言葉の相違に疑問符を浮かべた。

「もう誰も傷つけたくありません。だからもう外には出ません」
「でも、一人は寂しいよ?」
「……っ」

五条の言葉に、胸の片隅に閉じ込めておいた感情が動き、死を決意するほどの意思の揺らぎを自覚する。不安や恐怖、絶望といった複雑な感情から身をまもるかのように自身の体にぎゅっとしがみついた乙骨。頭の中で、昨夜話した純との会話がよみがえる。

「橘華先生も、昨日同じこと言わなかった?」
「………」
「いろんな話し、してくれたでしょ」
「……はい」

昨日の会話を思い出すと、何故だかほんの少しだけ気持ちが楽になるのだ。理由は乙骨自身にもよく分からない。けれど、自分よりも過酷な過去を歩んできた女性が希望に満ちあふれた笑顔を浮かべ『優太はもう一人じゃないよ』と手を差し伸べてくれたことがとてつもなく嬉しくて、涙があふれた。

「……純先生は……いますか?」
「いるよ。この部屋の外で君を待ってる」
「…先生と、話がしたいです……」

両腕に埋めていた顔を少しばかり上げてそう言った乙骨の言葉に、五条は穏やかに口角を上げた。
それは今までずっと他を寄せ付けず、一人呪いに翻弄され生き続けてきた少年が、初めて他者との繋がりを求めた瞬間だったからだ。

「君にかかった呪いは、使い方次第で人を助けることもできる。力の使い方を学びなさい。全てを投げ出すのは、それからでも遅くはないだろう」

繋いだ命に『生』を吹き込むその一言が、乙骨の未来をゆっくりと照らした。

呪いの子


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