『憂太、今日からよろしくね』
「…!」
自身の隣を歩く乙骨の、少々頼りない猫背を軽快に叩いた純は驚いた表情を浮かべた生徒に対して実に綺麗な笑顔を返した。一回り以上歳の離れた女性に、しかも自身の副担任となる相手に特別な感情を抱くことはないが日本人離れしたその美しい容姿には惹きつけられる魅力があり、乙骨は気恥ずかしそうに自身の右腕に左手を添えた。
『緊張する?』
「……また誰かを傷つけないか不安です…」
『そこは大丈夫。五条先輩や私もいるし』
すらりと伸びた人差し指を立てながら『でも五条先輩だいぶテキトーだから注意してね』と表情を歪めた純。彼女を含めた呪術師と呼ばれる人間の詳細はまだよく解っていない。ただ昨晩目の前で起きたことは現実で、初めて誰かを傷つけなくて済んだという経験が乙骨にとっては微かな希望となっていた。
「あの、純先生…」
『ん?』
「昨日は、ありがとうございました。いろんな話しをしてくれて…」
『あんな話で大丈夫だった?』
「嬉しかったですっ…」
『………?』
「誰かとあんな風に話したのは久しぶりだったし、それに…」
『それに?』
「里香ちゃんが誰かを傷つけずに済んだことも…嬉しかったです…」
ギュッと唇を摘むんで純に向けていた視線を進行方向に戻した乙骨。今まで叶うはずがないと思っていた「誰かと関わりたい」と言う願いが手の届くところにある気がして、胸の内から今までにない温かな感情が湧き上がってくるのを感じた。言葉を交わしたのはこれが2回目。初対面にも等しいはずが、純からは不思議と安心感のようなものが伝わってくるのだ。
「あの、聞いてもいいですか?」
『ん?』
恐る恐るといった感じで口を開き、乙骨が横目に純を見る。
「…昨日の、先生を守った"白い人影"…?」
『………』
「アレも里香ちゃんと同じ…呪い?…なんですか?」
『………』
昨晩、純を守るようにして出現した微かな光を帯びた白い人影が、里香と一発触発しかけた光景を思い出す。純が部屋の中へと一歩足を踏み入れた瞬間の出来事だった。互いの意思を無視して現れた折本里香の両腕と白い人影。今までに感じたことのない凄まじい圧が全身を硬直させ、意識が飛びそうになったところで里香の方から身を引いたのだ。あのまま互いにぶつかり合っていたら…きっと犠牲者は自分たちだけでは済まなかったんじゃないかと乙骨は表情を歪めた。
「いやでも…なんていうか…少し違うのかな…」
『………』
「先生の方からは呪いって感じがしなかったような気がするんだよなぁ…。どっちかって言うと温かい感じがしたかも…。いや、そもそも呪いがなんなのかもよく分かってないし…」
言いながら、結局あれは何だったの?と答えを求めるような視線を送ると純の意外そうに少し見開かれた大きな瞳と目が合い、なぜか慌てて謝罪の言葉を口にした。
「ごごごめんなさいっ。一人でべらべらとっ…」
『憂太ってさ』
「は、はい…」
『やっぱり呪術師としての才能あるよ』
「え…っ?才能っ?僕が…?」
『うん。実は君が昨日見た"影"なんだけど…』
「………」
『"彼"を視認できたのは、君で二人目。だから私も驚いてるの』
長い間呪術師として、この界隈で生きている。だからこそ呪いだけではなく悪質な呪詛師やそれらに加担する輩を数多く見てきた。様々な経験、知識、情報、繋がりを駆使して可能な限りの推測を立てても、出てくる答えは『分からない』だ。なぜ五条とは違い特殊な眼を持たない乙骨に"彼"の存在を視認することができたかは、本人でさえ分かっていないのだから。
「僕が、二人目っ?」
『そう。五条先輩と、憂太の二人だけ』
「あ、あの先生にも見えてるんだ…」
『だからってわけでもないんだけどさ』
「?」
『"彼"のことは憂太がもう少し呪いについて学んでから説明するから、他の人には言わないで欲しいんだ』
「え、他の人は知らないんですか?」
『知らないよ。私と五条先輩と、憂太の秘密』
「……どうして?」
穏やかに微笑んでそう言った純に対して首を傾げて問いかけると、彼女は指二本を自分の首元に運んでいき笑顔でそれを横一直線にスライドさせた。
『一部の権力者からしたら、自分たちの理解し難い力は恐怖の対象でしかないの。だから下手したら私の首飛ぶかもよって五条先輩が。まあ、憂太と似たような立場になる可能性があるってことかな』
「えっ!?…はっ?それってあのっ…」
『だから秘密厳守でよろしく、憂太!』
「(転校初日になのにエライ秘密知っちゃったよ!)」
少々猫背の背中を再びバシッ!と叩かれて、知らなければよかったと思うような重大な秘密を知ってしまったことに下唇を噛んだ乙骨。しかしどうしても気になっていた"彼"とは一体誰を指しているのかという疑問を投げかけるべく、両手を滲んだ汗ごと握りしめて口を開いた。
「純先生っ」
『ん?』
「その、先生がいう"彼"って…誰のことなんですか?」
数歩先を歩いていた純がその問いに足を止め、瞳を伏せる。自分の背中に向けられた視線を感じながらゆっくりと振り返り綺麗な笑顔を浮かべると、躊躇するわけでもなく、むしろどこか嬉しそうに乙骨の問いに答えた。
『私の"双子のお兄ちゃん"』
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