「伊地知さんから明日の任務連絡来たぞ」
「え〜、マジ?引率純先生がいいな〜俺っ」
「虎杖キモい。鼻の下伸び切ってるわよ」
「つーか、お前なんで橘華先生だけ名前呼びなんだよ」
「え?ダメなの?先生がそれでいいって言うから」

スマホ画面を覗き込みながら「そんでさ、明日の引率どっち!?」と伏黒に詰め寄る虎杖に、釘崎はやや冷めた視線を送った。

「アンタさー、夢見ない方がいいわよ」
「それは同感。あの人五条先生の彼女だしな」
「「…………」」
「…なんだよ」

悪魔のような表情を浮かべ、ずんっ!と伏黒に詰め寄る二人。そして次の瞬間には教室の窓から「グッバイ俺のア・オ・ハ・ルー!」と叫ぶ虎杖と、悲鳴に近い叫び声を上げながら、頭を抱える釘崎の奇行が映り込んだ。

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!橘華先生脅されてんのよ多分!」
「マジか釘崎ー!俺の青春返ってくる!?」
「それは知らん。つーか伏黒!!アンタなんでそんな超ド級のゴシップネタ隠してたんだよ!もっと早く言えや、原宿初日によーっ!!」
「そうだぞ伏黒!俺本気で好きになりかけてたんだから!」
「虎杖の発言はさっきから完全にアウトだろ」

ギャーギャーギャーーッ!!と騒ぐ二人に溜息を吐きコーヒーを啜る伏黒。生徒の中で二人の関係を知らないのは恐らく釘崎と虎杖だけだろう。「まあ驚くよな。俺もそうだったし」と内心呟いたその時だった。身振り手振りで文句不満をぶちまけていた釘崎の手が、コーヒーの入ったマグカップを倒したのは。

「あ"っ」
「あーあ。やっちったな釘崎」

ただコーヒーをこぼしただけなのに。by釘崎野薔薇

「これ五条先生のだろ?」

三人の視線の先には綺麗に畳まれた白いYシャツ…もとい、白かったYシャツがある。突然押し寄せてきたシミ製造のプロフェッショナル、"コーヒー"から逃げるまもなく染みを刻まれ、見るも無惨な姿を晒した。
自分の不徳に対し納得のいかない表情を浮かべた釘崎は、二人に質問を投げかける。

「クリーニング済のシャツを私達に任せて置いていった伊地知さん。コーヒーをこぼしたわたし。どっちが悪い?」
「「釘崎(オマエ)」」

満場一致で釘崎である。

「……よし。解ったわ…」
「なにが?」
「伏黒、橘華先生呼んで…」
「何も解ってないだろオマエ」

**

『……うわ』

彼のもとで約10年間。働き(尻拭い)続けている純は知っている。五条悟がいつも愛用している物の相場というやつを。盛大にコーヒーの染み付いたYシャツを見つめながら思うこと、それは『日々の行いのせいでは?』だ。そして目の前で自分を頼りにしています!という視線を向けて来る釘崎に対し思うことは、『ナイス野薔薇!』だった。

「という次第でして…」
『とりあえず、シミ抜きしてみよう』

朝から4人がかりでティッシュ片手にYシャツをトントンし続ける。「あ"〜Yシャツくらい自分で管理しろよ!」と何故か逆ギレしている釘崎の言葉に、『それは同感』とつい本音が漏れた。

「つーか純先生!」
『ん?』
「五条先生と付き合ってるってマジ!?!?」
『え…』
「私もそれ聞こうとした!」
『……恵、口止めしたよね?』
「……すみません。話の流れでつい…」

ぐぁぁぁあっ!二人には知られたくなかったー!と内心頭を抱えて悶える純。深い溜息を吐きながら『まあ…』と意味ありげに肯定すると、虎杖は再びグッバイ俺のアオハルー!と叫び釘崎に関しては表情を思い切り引き攣らせた。一年前、今の2年組にバレた時も似たような反応をされた記憶が蘇る。

「橘華先生ってああゆう人が好みなんだ…なんか意外ね…」
『ちょっと釘崎…やめてその視線。いろいろ誤解しないで』
「五条先生のどこが好きなの?目隠しなら俺もするよ…ぐすん」
『…悠二はなんで泣いてるの?』
「気にしなくていいです。馬鹿なんで」

ー10分後。

「うーむ」
『これはアレね…ほら』
「うんっ。マリ◯ッコに見えなくもないわね」
「ナメんなよ、アパレルを」

シミ抜きの結果、シャツ半分が上手い具合にシミで染まり某ブランド柄に近しいデザインの仕上がりに。(なっていない)虎杖が広げ持っているシャツをしゃがみ込み観察する釘崎。いける気がする!と隣に立つ純に意気込むと、「いや無理だろ!」と伏黒の鋭いツッコミが入った。

「ま、どーせ安物でしょ!!」
『…あ、いや、野薔薇あのね…』
「伏黒、タグのブランド調べて!!」

¥250,000ー

スマホ画面を見せる伏黒に、この世の終わりを迎えた絶望の表情を浮かべる二人。釘崎は純の腕にしがみつき、声にならない悲鳴を上げた。

「ぜ……税込み?」
「税抜き。重要か?そこ」
「橘華先生!何でもするからなんとかして!」
『最初っからこのデザインだったで押し切ろう!』
「いや無理あるでしょ。25万ですよ」

コーヒー臭いし、と鼻をつまむ伏黒。

「純先生彼女だろ?うっかりやっちゃった☆許してっ。とかやればいけんべ。先生可愛いし」
「それで許す五条先生とか見たくね〜。却下」
「そもそも橘華先生そんなキャラじゃないしな」
「じゃあぴえんっ、は?」
『語彙の問題じゃなくね?』

円になり作戦会議を決行する4人。いろいろと意見を出し合うが、言わずもがな採用できるまともな案がなく、渋々お金を支払うことにした。

「仕方ない、私が9万出すわ…二人は8万ずつ…」
「え"っ!?」
「ってのを後で返すから、先生!25万前借りさせて!」
『クリーニング店に呪霊がいたって嘘ついて、燃えたことにしない?』
「純先生って五条先生のこと好きなの?」

腕を組み、もうそうするしかないと頷いている純に対し虎杖が首を傾げて問いかけたその時だった。

『やばいっ!』
「ちょっ…何するんですかっ!!」

近づく気配にいち早く反応した純が、虎杖からシャツを取り上げ伏黒の制服の中にそれを押し込み隠したのは。

「おっはー。…あれ、純ちゃん早いね〜。起こしてくれればよかったのに」
「「同居!?!?」」
『違うっ。それはない!』
「半同棲みたいな感じ♪」
「うわ……聞きたくなかった…」
「俺のアオハルが…」
『やめて下さい生徒の前で。マジ殺しますよ』
「いいじゃん別に。それより伊地知から僕のシャツ預かって…」

中指を突き立てて来る彼女の殺意をヘラヘラと受け流し、その隣に立つ伏黒の胸がやけに豊満になっているという違和感に気づき、五条は言葉を詰まらせた。

「どうしたの恵」
「別に…」

口元を押さえて必死に笑いを堪える三人に対し、伏黒は一人青筋を浮かべ死んだような視線で五条を見つめた。

**

シャツを抜き取り大爆笑する虎杖と釘崎につられて笑顔を浮かべた純は、あとは私が何とかするからといって先に教室を出て行った五条の後を追いかける。

『五条先輩』
「悟って呼んで〜」
『……あの、さっきのYシャツの件なんですけど』
「ん?」

シワとシミが付き、無惨な姿と化した25万円のシャツを気まずそうに差し出す純。多分もう一回クリーニング出せばいけんだろ…と安易な考えをしていると、長い人差し指が目の前に現れて何かを企んでいる時の笑みを浮かべた"悪魔"がいた。

「僕相手に生徒と一緒になって悪戯するなんて、いい度胸だね」
『え、いや、違います。これはカクカクシカジカ…事故です』
「隠したことには、変わりないね」
『………(やっぱり燃やせばよかった…)』

五条の指が、純の形のいい唇をゆっくりとなぞる。そして、顔を近づけて触れるだけのキスをすると「別にいいよ」と金持ちの寛大さを見せつけた。

『今日はなんか、優しいでっ…』
「純が体で払ってくれれば、なーんにも問題ない」
『……………』
「今夜が楽しみだね!純ちゃん」

ブチっと額に青筋を浮かべた純が、クソッタレ!と悪態をつきながら五条のシャツを床に叩きつけた。


くなかった!!
(そう、皆に伝えて欲しい。)



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