「…純…」

離れていく温もりを追いかけて、細い手首を掴んで聞いた。
どうしたの?と。
それはいつも通りだった。
いつも通り、不安になるのは僕のほう。
純を信頼していないわけじゃない。
ただ少し、心配なだけ。
だから…。

"喉、渇いちゃって。お水飲んできます。"

そう言って、僕の頬に手を添えて綺麗に微笑む。
なにも変わらない。
いつも通りの純だった。
なにも疑わなかった。
違和感なんて感じなかったから。
いつも通りのやり取りだったんだ。

でもーー。

「……純…?」

今は柄にもなく、後悔してる。
なんであの時、手を離してしまったんだろうって。

「なにこれ……」

静まり返ったマンションの一室。
名前を呼んでも返事はない。
どこを捜しても彼女の姿は見当たらない。
ワケが分からないままリビングを通ってベランダに出ると、わずかな残穢が残ってた。ああ…ここから出ていったのかと納得した。納得した瞬間、今までに感じたことのない感情が一気に押し寄せてきて眩暈がした。

あの日の夜、なにも疑わずに体を重ねて眠りについた。
大好きな温もりを抱き寄せて、何度も何度も愛し合った。
左手薬指に輝く婚約指輪を見るたびに、幸せを感じてた。
これでもう、ずっと一緒なんだって思っていたけど…。
愛なんて不確かなものを求めすぎたせいか、なんなのか。
幸せなんてもんは、足元から簡単に崩れていった。

「………」

あの夜突然ーー、

「………」

彼女は僕の前からいなくなった。



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