「しーっ!静かにっ」
「だってだってだって…うわぁぁぁっ」
「声を押さえてっ。五条さんに聞かれたら殺されますよっ」

耳を塞ぐように頭の両端を掴み、この世の終わりとでもいうような表情を浮かべた補助監督の新田明。高専の教師陣の中でも特に、純のことを"憧れっス!"と慕っていた彼女には、かなり酷な内容だっただろうと伊地知はかけていた眼鏡を右手で持ち上げた。

「もう純さんと五目あんかけ焼きそば食べに行けないんスかぁっ…!?」
「(五目あんかけ焼きそばっ!?)」
「私の月一の楽しみがぁぁぁっ…!」
「落ち着いて。なにも死んだわけじゃないんですよ?」
「………へっ」
「私も詳しいことは分かりませんが、海外へ行かれたみたいです」
「………かい、がい…?」

胃のあたりに重さを感じながらも、伊地知は自分が取り乱してはと冷静さを欠くことなく穏やかな口調でそう言った。

「はい。ですから、生徒の皆さんには"橘華さんは海外への長期出張中"と説明をしてあります。くれぐれも"行方不明"…なんてことを口走らないよう、お願いしますね」

頭を抱えていた腕を脇下にだらりと下ろし、新田は力なく"了解っス"と答えた。



「あ、あの…五条さん…次の任務の依頼なんですが…」
「あ?」
「ヒッ…」

東京都立呪術専門高等学校 副担任 橘華純。
私情により一時休職中。
復帰、未定。
人手不足が常なこの業界での一級呪術師損失は大打撃。
そして、伊地知の胃にも打撃を与えた。

「(今日も超絶機嫌が悪い!そして怖いっ)」

純が消息を絶ち一週間。
生徒の前でこそ出さないが、五条の機嫌はすこぶる悪い。近づいたら殺されるとはまさにこのことだと伊地知は生唾をごくりと飲み込み、持っていたタブレットに視線を落とした。

「他で対応して。今忙しいんだ」
「…あ、いえ…ですがその…階級的に…」
「…………」
「一級、もしくはそれ以上の方が望ましく…なので」
「じゃあ七海に頼めよ。僕は無理」
「…あ、ちょっ…五条さんっ…」

こんな時、純がいてくれたらと心から思う。人手不足の問題解決だけではない、それ以上に彼女は、五条悟と周囲との潤滑剤としての役割を担ってくれていたからだ。

「橘華さん、お願いですから早く戻って来て下さい…」

こめかみに伝う冷や汗をハンカチで拭いながら、天にもすがる思いでそう小さく呟いた。



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