純の暮らしていたマンションの一室から無くなっていたものは、数日分の衣服と愛用していた日用品。そしてスマホと、パスポート。それらを詰め込んだであろうキャリーケース一つだけだった。

「意味分かんねぇ…」
「マリッジブルーとでも考えときなよ。そのうち帰ってくる」

タバコに火をつけ白い煙を吐き出しながら、家入硝子は呆れたような口調でそう言った。初めのうちは純の安否を心配していた彼女も今じゃ、"まああの子なら大丈夫でしょ。"と、いつも通りに生活している。相変わらず目の下の隈は消えていないが、これが女の余裕というやつなのかと少し羨ましくも思えた。

「誰とも連絡取らねえってどうゆうこと?」
「七海とは取ってるんじゃないの?」
「…なんであいつが出てくんの…」
「だって同期だろ?あの子は彼のこと信用してるし」
「…硝子さ〜、喧嘩売ってる?」
「いやまさか」

灰皿の中に灰を落とし、長い髪を耳にかける。
ああガキくさい、と感じながらも言葉にはせず煙を吐いた。

「五条さ」
「あ?」
「この機会に自分の行動でも見つめ直したら?」
「…なんだそれ」
「あんたはいつも独りよがりすぎんのよ」

ソファの上に仰向けで寝転んでいる五条に視線を向けると、まるで純との繋がりを求めるかのようにキラリと輝く指輪に触れていた。
いつも飄々としている男が分かりやすく意気消沈している姿は見れたもんじゃないなと、家入が小さなため息をつく。

「少し、純のペースに合わせてやりなよ」
「…………」
「大切なのは分かるけどさ」
「…………」
「あの子は……"あいつ"とは違っ…」
「分かった硝子。もういい」

過去にあった同じような例を持ち出すのは止めてくれと言わんばかりに家入の言葉をぴしゃりと遮り、触れていた指輪を握りしめた。アイマスクのせいで表情全体を読み取ることはできないが、だいぶ不満を募らせたようだ。上半身を起こしソファから立ち上がった五条は、"邪魔したね。"と言い残し部屋から出ていことする。なんて後味の悪い。これなら皮肉の一つや二つ言われた方がまだマシだと、家入は短くなったタバコを灰皿に押し付け五条の怒りを買うであろう言葉をあえて口にした。

「夏油の時より面食らってんじゃん」
「硝子うるさい」

以前にもこんな姿を見たことがある。
橘華純の行方はいまだ分からずじまいだ。



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