ーケニア・ナイロビ
人と車両が所狭しと行き交うダウンタウンには、多くの商業施設が集中し、賑わいをみせる。
「黒縄」捜索の任務でこの雑多な街に訪れていた乙骨憂太の目の前に、純は突然現れた。
少し心配だったから様子を見にきた。そう言って。
「写真いっぱい撮ったから、先生に送るね」
『ありがとう』
ー夜。
宿泊を決めたホテルの屋上。
ファーストフード店で買ったハンバーガーを頬張りながら、昼間、ダウンタウンの街を遊び尽くした際に二人で撮った写真を見返す乙骨。どれもこれも笑顔のものばかりで、中にはリカが写っていたり、いなかったり。高専に入学して180度変わった自身を取り巻く環境の変化を、純と写る写真を見てひしひしと感じた。
「五条先生に見せたらヤキモチ妬いちゃうかな」
『妬かないよ。自分が一番だと思ってる人だもん』
「あはは…。先生かっこいいからね」
乙骨の言葉に鼻先で笑った純。
いつもなら、"でも性格は…"と広がる話が広がらない。
「真希さんたちにもまだ送っちゃ駄目なんですよね?」
『うん。私が一緒だってことは言わないで』
「…本当に誰にも言ってないんですか?」
『言ってないよ。プライベートできてるから』
「ふぅん…」
どこか白々しく返事を返した乙骨は、この話題から逃げるようにしてあえて純から視線をそらしハンバーガーを頬張った。
普通であれば違和感のないやり取りだ。
むしろ理由を聞かれないのだから純にとっては好都合。
しかしそれは、事がうまく運んでいる状況下での話だ。
『でも、もういいよ。連絡しても』
「…え?」
なにかを諦めたかのように小さく笑い、純が両膝を抱く。
そしてすらりと伸びた人差し指を乙骨に向け、
『だって憂太、もう五条先輩に連絡しちゃったでしょ?』
「!!!」
ため息混じりにそう言った。
生徒の微細な感情の変化に気づけないほど、純は鈍感な人間ではない。案の定隣でハンバーガーを頬張っていた乙骨の動きがピタリと止まり、目をパチパチとさせながらダウンタウンの街をじっと見つめている。
そんな乙骨の心情は、容易に想像がつく。
一番怒らせたくない人を怒らせた。
約束をやぶったし、嘘をついたことになる。
どうする?
どう誤魔化せる?
いや、もう素直に謝るしかない。だ。
冷や汗を垂らし硬直したままでいる乙骨の姿に、ふっ、と吹き出すように笑った純。同時にギクッと体を動かした乙骨が、気まずそうな表情で純を見た。
『その反応…っ。やっぱり言ったんだ』
「へっ!?…もしかして先生、カマかけたっ…?」
『まあ、ちょっとだけね』
「ええぇぇっ…」
"嘘下手だね。"とイタズラな笑顔を浮かべた純。
乙骨の頬が赤く染まる。
「ご、ごめんなさい本当にっ…。理由は分からないけど、五条先生にも言わずに来たって聞いて、それであの、そんなの変だなってちょっと思って…先生になにかあったら嫌だなって…心配で…」
両膝の上に拳を乗せて、深々と頭を下げた乙骨。
悪気があって約束を破ったのではないうことは、百も承知だ。
怒る気も責める気も純にはない。
『優しいね、憂太』
「…え、あ、いや…。怒らないんですか?」
『怒らないよ。私は五条先輩に怒られるけど』
「じゃ、じゃあ、僕も一緒に謝ります!怖いけど…」
『あはははっ。それいいかもね』
ここに来た時の五条の姿を想像し、背筋を伸ばし唇を結んだ乙骨。明るく、優しく、そして頼りがいのでてきた教え子の姿に純は瞳を細めて柔らかな笑みを浮かべた。
「先生?」
『ん?』
「危ないこと、しようとしてないですよね?」
『もちろん。死ぬようなことしに来たわけじゃないよ』
純の言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。
「あの…じゃあ…理由とか、聞いたら駄目かなー…なんて」
『…………』
「…もしかしたら先生の役に立てるかもだし…」
『…………』
「僕ほら、一応特級?だから、先生のこと守れるかなって…」
『私憂太に守ってもらなきゃいけないほど弱くないよ?』
「ですよね…!(頼ってもらいたかった…)」
肩をすくめて両方の人差し指をリズムよく合わせながら、恥ずかしそうに、でもどこか期待を込めた表情で純を見ていたが、ガクッと肩を落とす結果となった。
『でも、ありがと憂太。すごく心強い』
「…はいっ。いつでも力になります!」
へへっ。と笑顔を浮かべた乙骨の頭を撫でて、翌日、純はケニアの地をあとにした。
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