「なんで隣にいんのが純じゃなくてお前なんだか」
「私だって不本意ですよ」

何が嬉しくて呪術師二人、男二人でスイーツバイキングなんて来なくちゃならないんですか。甘い物が食べたいのなら他にもいくらだってあったでしょう。腰を落ち着けて話をするなら老舗の喫茶店でもケーキは注文できましたよ。いやむしろテイクアウトのコーヒーショップにして欲しかった。
と、息つぎなしで愚痴と要望を伝えた七海建人は、目の前でやけ酒を食らうがごとくさまざまな種類のスイーツを食べている五条に軽蔑するような視線を送った。

「僕のこの喪失感を埋めるには多量の糖分が必要なんだよ」
「…結構。では本題に入りましょう」
「待って七海!あれ純が好きなタルトだ!取ってくる」
「…早くして下さい。一刻も早くこの場から立ち去りたいので」

死んだ魚のような瞳で虚空を見つめる七海。
この場に不釣り合いな深い溜息を吐き、わずかに肩を落とす。
同期の純が日本を離れて約二ヶ月。
一級呪術師の損失、というよりも、高専関係者たちは五条と自分たちを繋ぐ純という架け橋(クッション)を失ってしまったことで毎日てんやわんやである。
特に伊地知の気苦労は大きい。

「んで?話って?純のことでしょ?」

席に戻ってきた五条が、大量のフルーツタルトの乗ったお皿をテーブルの上に置く。いずれ砂糖の過剰摂取で緊急入院でもするんじゃないかと、七海は眉間にシワを寄せた。

「ええ。お察しの通り」
「なんで僕が成田にいるって分かったの?伊地知?」
「そうです。五条さん、最近彼の扱いが以前に増して…」
「でさあ、七海はなんで僕のアフリカ行き止めたわけ?」
「…人の話を聞いて下さい。言っても無駄でしょうけど」
「純から連絡きたわけじゃないよね?」
「来ていません」
「本当に?」
「…本当です」
「ふーん…」

五条の一方的なペースで会話が始まり、七海が深い溜息を吐く。
苛立ってしまってはこちらが損をする状況。
サングラス越しにじーっと自分を見つめてくる六眼をせめてもの反抗として鬱陶しそうに見返すと、五条はふいっと視線を外してタルトの上に乗っているフルーツをいくつか刺して口に運んだ。
まるで子供を相手にしているような気分になる。

「アフリカ行きを止めたのは、個人的な理由です」
「どんな?」
「その前に五条さん、あなた本当に心当たりがないのですか?」
「純が何も言わずに日本を離れた理由だろ?」
「ええ」
「ん〜…。もう脳みそカラカラになるくらい考えたんだけどさあ」

"全然思い当たる節ないんだよね。"
タルトの上に乗ったフルーツをフォークの先端で突きながらそう言った五条とあまりのマナーの悪さに七海のこめかみに青筋が浮かんだ。

「まず食べるのをやめて下さい」
「ちょっと、僕のタルト取らないでよ」

見兼ねた七海が軽蔑の眼差しを向けたまま自分のほうへと皿を引く。

「私は純の同期として、真剣に彼女を心配しています」
「僕はお前以上に心配してるよ」
「ええ、でしょうね…」
「……?」

五条に視線を向けたまま、右手でメガネを調節する。

「あなたは常に純を想っている」
「………」
「が、彼女を想う自分の気持ちを優先しすぎている時がある」
「…七海さ〜」
「違いますか?」
「説教なら聞きたくないんだけど」
「いえ、聞いてもらいます。あなたにはその義務がある」

まるで五条の前に立ちはだかるように背筋を伸ばし、強気な姿勢をとった七海。彼のようなまっとうな人間に痛いところを鋭く指摘されるのは、五条でなくとも気分を害す。
七海にとっても唯一の同期。
大切なのは分かるが一瞬でも恋敵になった男からの指摘は受けたくないと、五条はソファの背もたれに体を預けて気怠そうに長い足を組んだ。

「(…お前の純じゃないんだよ)」

内心そう悪態をついて。



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