「…純」
『………?』

シャワーを済ませ、頭からかぶったタオルで雑に髪を拭く。上半身には何も纏わず部屋に戻ると、煌びやかな高層ビルが建ち並ぶシカゴの街を、大きな窓から見つめる純の姿が視界に映った。先ほどまで降っていた雨は止み、厚い雲の隙間からは月明かり差し込んでいる。上背のある均整のとれた美しい後ろ姿からは彼女の色濃い人生が魅力的な雰囲気となって滲み出ていて、部屋の薄暗さも相まってか、惹きつけられるかのように歩み寄り、心境を問うように名前を呼んだ。

「故郷が恋しくなった?それとも父親のこと?」

前髪を掻き上げフランクな口調で問いながら、純の体を背後からやんわりと抱きしめる。下着を着けずに着ている白いYシャツは五条の物で、さらりとした生地を胸元まで滑らせると、あらわになった美しい頸にキスをした。

『どっちもハズレです』
「じゃあ何考えてたの?」
『そりゃあ生徒たちのことを』
「純は生徒想いだね〜。僕に似て」
『はい?』

そこに関しては共感できないと言いたげな声で返事をすると、逆に何?と問いかけられたので無視することにした。

『ねえ、五条先輩』
「ん?」
『故郷や両親のことを思えたほうが、幸せだったんですかね』

視線を街に向けたまま、腹部に回された五条の手に自身の手を重ねる。長いこと訪れていない母国に対し、幸せだと言える思い出がないわけではない。そう思わせてくれた九十九との出会いは、まさに幸せそのものだった。けれど、再びこの地で生きていきたいという願望はなく、恋しいと感じたこともない。
自由をかかげた国の片隅、選択肢のない環境で、呪いに転じた母を祓った幼い自分。当時感じた孤独と恐怖を、忘れることは決してない。
そして時を経て、自身の呪いが父を殺しかけている。
生みの親を呪いにし、祓った場所。
純にとっては、初めて人の死を背負った場所。それ以上でも、以下でもない。
故郷と呼ぶにはあまりにも悲劇的な経験が重なった。
故に、純がこの国を思い、焦がれることはない。

「別に故郷なんて要らないでしょ」
『……?』

そんな純の心中を知ってか知らずか、いつもどおりの口調で五条は言う。

「お前には僕がいる」

と。

『クスッ。五条先輩が故郷そのもの?』
「違う。お前の居場所」

口元に手を添えて、品良く笑った純につられてケラケラと笑う五条。冗談混じりで言ってはみたものの、本心から出た言葉。抱きしめている腕に気持ちを乗せて、わずかながらに力を込める。

「両親のこともそうだけど…」
『?』
「僕は絶対、純のこと一人にしないから」

シリアスな声色に純が何も言わずに振り返り、カッパーレッドの大きな瞳が六眼を見つめる。視線を合わせるために近くにあったソファに腰を下ろした五条が、しなやかなカーブを描く腰に両腕を絡ませて、体を引き寄せ自身の膝の上に純を座らせた。

「愛してる」
『…………』

魅入ってしまうほど整った容姿に、低く甘い声色。
陶酔したような瞳が純を見つめる。
五条の頬に右手を添え視線を重ねると、説明のつけ難い、深く重い愛を注がれているような感覚がした。

『……』
「愛してるよ、純」

心の奥底から溢れる幸福感に、嘘偽りはない。
孤独というものが、一体どういったものだったかを忘れてしまいそうになるほどの安心感に包まれる。幼い頃からずっと求めていたものを、五条が与えてくれた。

しかし…。

「お前は寂しがり屋だから、僕がそばにいてあげる」

その愛が、自由を夢見た純の身を縛り続ける。
これからもずっと。
この男の孤独が終わる、その時まで。

『私がそばにいれば…』
「ん?」
『五条先輩の孤独は埋まるんですか?』

見た目や言動のわりに、意外にも重い愛情。
純の指が五条の頬を撫で、感情を感じさせない瞳を向けながら問いかける。
走馬灯のようによみがえるのは、純と過ごしたこれまでの日々。
長いようで、あっという間に流れた時間。
数えきれないほどの思い出を一つ一つ思い返すため、内観するように目を閉じる。少し間を置いてから、五条の口角が綺麗な弧を描いた。

「うん…。お前なら埋まる」

ゆっくりと開かれた宝石のような瞳。
その真剣な眼差しに、純の表情が愛らしく綻ぶ。嬉しさとわずかな切なさを胸に抱え、五条の首元にすらりとした両腕を絡めて抱きついた。

『愛してます。五条先輩』

二ヶ月分の性欲は、純の体で散々解消した。その証拠は、みずみずしい肌に刻まれた所有印の数が物語る。体に残る快楽の余韻が、再び熱を帯び気持ちを高ぶらせていく。誘われるように首筋に顔を埋め、全身の力を抜くように深いため息を吐いた。

「僕も愛してる」



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