心底好いた相手には、簡単に感情を突き動かされる。
初恋ではないけれど、初恋よりも夢中になって追いかけて、本気の本気で好きになって、気づけば純のいない生活なんて考えなくなっていた。

「10年付き合ってた彼女にフラれてむしゃくしゃしたって」
「それが犯行の理由?」
「そ。他人事に聞こえないよね〜」
「それ、俺と純のこと言ってる?」
「あんたはフラれても自覚ないじゃん」
「フラれてねーもん」
「ほらね」

意外と僕も単純で、普通の男と変わらないんだなってことを純を通して多く学んだ。
純が笑えば幸せで、褒められると嬉しくて、頼りにされればカッコつけてみたりした。純にとっての理想の男になりたくて、柄にもなく背伸びしていた時期もあった。
純の隣は笑顔が絶えない。
二人でいる毎日が凄く楽しい。
そりゃあ喧嘩はよくするけど、この関係を終わりにしたいと思ったことは一度もない。
だけどフラれるのはいつも僕。
でも僕らが今もこうして一緒にいるのは、僕が純の繋ぎ止め方をよーく熟知していたからだと思う。

「気をつけな。この先もあの子と一緒にいたいならね」



ー10年前…。
夏油傑の離反から、約一年が経とうとしていた頃。

「純!」
『…!?』

深夜2時。
女子寮の一室。
鍵をかけたはずの扉が勢いよく開かれて、少し慌てた様子の五条が突然現れる。当然眠りについていた純は何事かと飛び起きて、不法侵入!と声を荒げた。

「付き合ってんだから不法侵入じゃねーだろ」
『そうゆう問題じゃねーだろ!』
「んなことより純!」
『あ、ちょっと!』

扉を閉め、至極当然かのように部屋の中に入ってくる五条。何やら急ぎ足で純のいるベッドまでやってくると、これまた当然の権利という勢いでベッドの中に入り肘枕をし横になった。
そしてー、

「10年付き合ってる彼女が突然の別れ話。何があった!?」
『……また大喜利ですか?』

なんで今?と視線を五条へと向ける。

「時間ないよ!3、2、1…」
『え、あ、えっと…"彼氏が五条悟だったから"』

自分とは対照的な、鮮やかなカッパーレッドの瞳が窓から差し込む月明かりに照らされて"どうだ!"と言わんばかり五条を見つめる。そんな純に対しむすっと唇をへの字に曲げて、無言でデコピンをお見舞いした五条は深いため息を吐きながら、かけていたサングラスを外しベッドのサイドテーブルに置いた。

「ー1万PPON」
『なんなんですかいきなり〜っ…』
「馬鹿」
『はぁ?意味不明な理不尽やめてくださいよ』
「さっき硝子に言われた」
『何を?』

こんな時間に突然やってきて、中身の見えない会話を繰り広げてきた五条。一体なんなんだと地味に痛む額に手を添えて撫でる。そんな純の体を起き上がり背後から抱きしめると、肩越しに小さく息をついた。すこし間を置いてから、昼間家入と赴いた任務先での出来事を説明していく。

『…10年付き合った彼女にフラれて、腹いせに呪物を?』
「そ。かなり重めの処罰は受けるみたいだけど、"10年も一緒にいて別れるなんて、もうどうしようもないズレがあったんじゃない?ちょっと不憫だー"って硝子がさ」

低く落ちた声に、さっきまでの軽口とは違う温度が混じっている。純は静かに五条の話しを聞きながら、感慨深げに"10年かあ…"と呟いた。

『10年後とか想像つきます?』

少しだけ振り返ると、至近距離で視線がぶつかった。
普段なら飄々としているその瞳が、珍しく真っ直ぐで逃げ場がない。

「ねえ」
 
ぎゅっと抱きしめる腕に力がこもる。

「もしさ、俺らが10年付き合ってたとして」
『………』
 
耳元で囁く声は、冗談めかしているようでいて、どこか探るような色を含む。

「急に別れるって言われたら、理由なんだと思う?」

一瞬、間が空く。

『私が先輩にフラれたら?』
「うん」

純は視線を逸らし、ふっと小さく笑った。

『…まあ五条先輩のことだし、飽きたとかじゃないですか?』
「それはない」

即答だった。
食い気味の否定に、思わず目を瞬かせる。

「飽きるわけないじゃん。10年だよ?今さらだろ」
『じゃあ…』
「むしろ今より依存してる自信ある」
『それ、自信満々に言うことじゃないですよ』

純の肩に顔を乗せ、甘えるようにわざとらしく擦り寄る五条。

「で、純は?」
『私?』
「うん。逆の立場だったらさ」

軽い調子を装っているくせに、腕は離れない。
むしろさっきよりも、逃がすまいと強くなっている。

『……』

う〜んと少しだけ考えて、わざとらしく息を吐く。

『私は根が寂しがりやだから…』
「………」
『五条先輩が、私をちゃんと見なくなったら』
「………」
『隣にいるのが当たり前になって、雑に扱うようになったら。…かな?』
「それはないな」

また即答。
今度は少しだけ、ムッとしたような声だった。

「むしろ逆。今でも十分大事にしてるけど…」
『先輩昨日私のことジャイアントスイングしましたよね?』
「10年後とかもっとヤバいと思うよ」
『(スルーした)…何がですか?』
「重さが」

くすっと笑って、純を抱きしめたままベッドに倒れ込む。

「でもさ」

ふっと声のトーンが落ちる。

「それでも離れるって言われたら、どうすればいい?」

冗談じゃない。
さっきまでの空気が嘘みたいに、静かになる。
純はゆっくりと体を回して、正面から五条を見る。

『…………』

近い距離。
逃げられない視線。

『……その時は』

一拍置いて、少しだけ意地悪く笑った。

『五条先輩が一番よく知ってるんじゃないですか?』

「……」
『私の繋ぎ止め方』

その言葉に、五条の口元がゆっくり歪む。
さっきまでの不安を飲み込むように、いつもの自信たっぷりな笑みに戻っていく。

「だよね」

今度は軽く、でも確信を持って。

「じゃあ大丈夫だ」

そう言って、再び抱き寄せ額を合わせる。
さっきよりもずっと自然に、当たり前みたいに。

「10年後も、その先も」
 
唇が触れそうな距離で低く囁く。

「絶対離さないし、離れないから」
『…先輩が言うと脅しに聞こえます』
「愛情表現」

呆れたようにため息をつきながらも、純は五条の腕を振りほどかない。

深夜2時。
静かな部屋に、二人の小さな笑い声が心地よく響く。
お互いの存在が、お互いの中でやけに強く感じられてーー

“純がそばにいると俺は幸せ。”

その言葉が今度は少しだけ重く、現実味を帯びて純の胸に落ちた。

「大好き。純」





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