あれから10年。
「ねえ、まだ終わんないの?」
背後から覗き込むようにして声をかけると、デスクに向かっていた純が小さく肩を揺らした。
『もうちょっと…』
「さっきからずっとそれじゃん」
『憂太の修行メニューどうします?』
「え〜っ。来月から学年上がるんだし草壁さんに…」
『ダメです。最後まで責任持ってください』
「…へいへ〜い」
カタカタとキーボードを叩く音が深夜2時の執務室に響く。結局この時間に一緒にいる呪術師としての生活は、あの頃から何も変わってない。
『コーヒー淹れます』
「憂太ってなんであんなに呪力操作ザルなんだろ」
純が椅子から立ち上がり、入れ替わるようにして五条が座る。
「純さー、僕がいない時に甘やかしてないよね?」
『この間私との修行で吐いてましたよ』
「秤と憂太には容赦ないね」
『手加減したほうがいいですか?』
「いや?秤はそれやると鼻の下伸ばすから駄目」
『最近また新しい彼女できたって。はいコーヒー』
「青春してるね〜」
湯気が立つマグカップを五条に差し出すと、それを受け取り視線を移す。
「砂糖入れた?」
『5個入ってます』
「完璧」
『10年舐めないでください』
「そこは"10年分の愛情"があるんでとか言ってよ」
『言ってほしいんですか?』
「別に」
くすくす笑いながら画面に視線を戻し、コーヒーを啜る。
「ま、僕も純が好きなコーヒーの作り方完璧だけどね」
『それは絶対嘘。私結構こだわり強いですもん』
「砂糖の代わりにはちみつ入れて、ミルクじゃなくてアーモンドミルクでしょ。んでお前はエチオピア産のフルーティーなコーヒー以外は好きじゃない」
でしょ?と少し振り返った五条の得意げな視線と、カップを持ったまま唖然としている純の視線が重なる。
『…覚えてたんですか?』
「当たり前じゃん。どうっ?嬉しい?」
『…まあ、普通に嬉しいですけど』
「はい出たツンデレ〜」
『うるさいっ』
茶化してくる五条の背中を、軽く肘で押す。
その力加減すら、昔より少しだけ優しい。
「そういえばさ」
椅子の背もたれに深く腰掛けながら、何気なく口を開く。
「10年前にさ、変な話したの覚えてる?」
『え?どんな内容ですか?』
「"10年付き合って別れる理由"ってやつ」
一瞬、純の動き手が止まる。
それからゆっくりとした動作で、五条の隣にある椅子に腰を下ろした。
『覚えてますよ』
「僕がさ、"離れるって言われたらどうすればいい?"って聞いたやつ」
『ああ』
少しだけ笑う。
『"私の繋ぎ止め方なら、先輩が一番よく知ってるでしょ"って言ったやつですね』
「そうそれ」
懐かしいな、なんて軽く言いながらも。
視線は、ずっと純を映したまま。
「でさ」
少しだけ間を置く。
「結局、どうだった?」
『何がですか?』
「10年経ったけど」
ほんの少しだけ、五条の声のトーンが落ちる。
「僕、ちゃんと繋ぎ止められてる?」
冗談みたいな顔をしてるくせに、アイマスクをつけていないその目だけは、昔と同じで少しだけ不安を隠してる。
純はそれを見て、ふっと息を吐いた。
椅子をくるりと回してから、正面に戻し向き合う。
『さあ?』
「え、そこはさ」
『でも』
言葉を遮るように、続ける。
『もし繋ぎ止められてなかったら…』
コーヒーを机にそっと置いてからゆっくり立ち上がり、距離を詰める。
『とっくにいなくなってます』
「……」
『10年ですよ?私はそんなに、我慢強くないです』
少しだけ眉を上げて、ふっと笑った純の腰に両手を添えて引き寄せる。
少しだけ安心したかのように肩の力を抜き、柔らかくて、昔よりずっと穏やかな笑顔を見上げて五条も微笑む。
「…じゃあ、成功ってことでいい?」
『半分くらいは』
「半分!?」
『残り半分は…』
五条の肩に両手を添えて、膝の上に寄り添うように腰を下ろす。そしてーー、
『私が勝手に隣にいるだけなんで』
その言葉に、一瞬だけ言葉を失う。
「……それ、なんかずるくない?」
『どこがですか?』
「僕が頑張ってるみたいじゃん」
『私だって努力してますよ?』
「そりゃそうだけど」
なんかな〜と疑問符を浮かべた五条だったが、まあいいか。と、短い自問自答をしたあとで、純を抱き上げそのまま近くにあったソファへと押し倒す。
抵抗はない。
「ねえ」
『なんですか?』
「10年後も、同じこと聞くかも」
『またですか?』
「うん」
額を軽く当てて、目を細める。
「その時も、ちゃんと隣にいる?」
少しの沈黙。それから——
『……さあ。どうでしょう?』
フフッと綺麗に微笑んだ純の表情を、陶酔した瞳で見つめる五条。
『でも、五条先輩は私を繋ぎ止めておくの上手いですから』
「絶対離してやんない」
即答だった。
昔と同じ、何の迷いもない声でそう言った五条。
純の桜色に艶めく唇に、噛みつくようにキスをした。
10年後の君へ
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