『伊地知君、あと任せてもいい?』
「勿論です。お忙しいのにすみません」
『いいの。何かあったらに連絡して』
「はい!お疲れ様でした」
『お疲れ様』

自然と見惚れてしまう笑顔を浮かべ、軽やかに手を振り去って行く純を見送る伊地知。彼にとって橘華純は、高専関係者の中でも尊敬に値する数少ない人物の一人である。今となっては助監督たちの中心的存在である伊地知だが、学生時代は呪術師としての才能もなく影の薄い少年だった。何もかもが正反対の五条にいびられる度に助け船を出してくれたのが純だった。彼にとってはヒーローそのもので、容姿端麗、才色兼備とは、まさにこの人のためにあるような言葉だと伊地知は本心で思っている。
しかし、そんな彼女にも大きな欠点が一つあるのだ。それはあの五条悟の恋人だということ。伊地知の本心は彼女の同期である七海建人こそが相応しいのではないかと、もう何年も理想を膨らませている。

「なぜ橘華さんの恋人が五条さんなんだか…」

自身の手の中にある純が差し入れてくれた缶コーヒーを見つめながら、心の声をぽつりとつぶやいたその瞬間…。

「伊地知、明日マジビンタ決定」
「!?!?!?」

今一番会いたくなかった人物が、自身の肩をポンと叩いてすぐ横を通り過ぎて行く。心臓が口から飛び出たのではないかと思うくらいにむせ返り、ガタガタと身を震わせた。

「ごごっ、ご、五条さんん!?!?」
「お前なに?僕に喧嘩売ってんの?」
「ま、まさかっ。そんなわけないじゃないですか」
「純の隣は僕以外あり得ないんだよ」
「は、はいっ。ですね。おっしゃる通りで…」
「あともう恋人じゃなくて奥さんだから」
「え?正式にはまだじゃないですか…?」
「あ"?」
「ヒッ…!異論はございませんっ」

まだ婚約の段階だろうとこめかみを伝った冷やせを拭い、純のもとまで駆け寄っていく少年のような姿を見つめる伊地知。笑顔を浮かべて純の隣に並んだ五条が、自然な動作で手を繋ぐ。

「純♪」
『あれ?学長との打ち合わせもう終わったんですか?』
「ううん。純連れて来いって言われた」
『……なんでですか?』
「僕の奥さんだからじゃない?」
『意味わからないんですけど』
「打ち合わせ終わったら任務付き合ってよ」
『普通に嫌です』
「奥さんなのに!?」
『いやそこ関係ないじゃんっ』
「(…変わらないな、あのお二人は)」

あーだこーだと言い合う二人の姿に、懐かしさを覚える。自分が入学をした時にはもう恋人同士だった純と五条。学生時代…今もだが、本当にいろんなことがあったなと、当時の思い出が走馬灯のように蘇る。幸せなんだろうなと思わずにはいられない五条の一挙一動に、伊地知は春の心地よい風に吹かれたような穏やかな笑みを浮かべた。




*前  次#


○Top