伊地知が高専へ入学し数ヶ月が過ぎた頃…。

「オマエ術師やめろ。クソの役にも立たねぇから」

校内に設置された自販機の前、買ったばかりの缶ジュースの蓋を開けながら痛烈な一言を放った五条悟を前に、伊地知は口をあんぐりと開けた状態のまま身を震わせていた。

「今すぐ普通免許取ってこい、MTな。断ったらマジビンタ」
「(なんてデリカシーのない人…)」

自分でも薄々気づいてはいたが、まだ術師としての壁にすら辿り着けていないばかりか、努力する前から諦めるのかと思いがよぎる。が、あの最強呪術師五条悟から直々にやめろと言われてしまっては、もうそうすることがベストなのだと分かれ道のないレールの上に立たされた気がした。

「あ、あの…でも私はっ…」

それでも"はいそうですか。"と引き下がるわけにもいかず、少し抗ってみようと意見を口にしたその瞬間…、

『五条センパーイ!』
「…!?」

高すぎない、少し大人びた少女の声が伊地知の言葉を遮った。目の前にいる五条は親しげに片手を上げて、こちらに来るよう手招きをする。アッシュブラウンの長い髪を揺らしながら笑顔で駆け寄ってくる少女に視線を奪われた伊地知は、その人物こそが尊敬する七海建人の同級生の橘華純だと確信し、緊張から生唾を飲み込んだ。

「任務どうだった?」
『七海と一緒だったから余裕でした』
「へー。二人で」
『そうですよ』
「あっそ」

刹那、五条が持っていたジュースの缶がメキメキと音を立てながら一瞬で小石程度の大きさまで圧縮される。不服そうな表情をから察するに、今の短い会話の中に五条の地雷があったようで、術式を使いわざと缶を潰したのだと理解した伊地知は、恐怖のあまりぎょっとした表情のまま化石になったように立ちすくんだ。

『それでえっと…君は?一年生?』
「え、あっ、えとっ…は、はい!」

完全に見惚れてしまっていた。
自分の目の前にいる人物が誰であるかは知っている。噂に聞いていた話しは本当だったのだと今確信した。日本人離れしたとても整った顔立ちは可愛さと美しさ両方を兼ね揃えていて、上背のある無駄のないすっきりとした体型はまるで設計されて作られたかのように完璧な均衡を生み出している。容姿の整っている五条と並ぶと一気に場が華やいで、なんて似合いの二人なんだと伊地知は眩しそうに大袈裟な瞬きを繰り返した。

『あ、もしかして君が伊地知君?』
「は、はいっ!伊地知清高といいますっ」
『やっぱりだ』
「なんで純が知ってんの?」
『七海から聞きました』
「ちっ…」
「(怖い…)」

生徒数の少ない高専にこなければ、純も五条も絶対に関わらなかったタイプの人間で、向けられた笑顔に緊張し少し俯く。

『橘華純です。よろしくね』
「(うわぁぁぁ…綺麗な人だっ…)」
『何か困ったことがあったらいつでも相談して』
「(しかも良い人っ…)」

今しがた五条から受けた痛烈な洗礼のあとでは、純の優しさが倍になって伊地知の心を癒していく。さすがは七海の同期だとしみじみと感じながら憧れの眼差しを向け返事を返すと、横からわざとらしい舌打ちが聞こえてきた。

「お前なに顔赤くしてんの?」
「ひっ!?あ、いやっ…あのっ…」
『五条先輩、後輩には優しくしてください』
「なんで男に優しくしなきゃいけねぇんだよ」
『女の子なら優しくするんですか?』
「純レベルなら考える」
『うわサイテー…』
「褒めるなよ」

片腕を純の肩に回し、"行こうぜ。"と伊地知そっちのけで背を向け歩き出す。

『伊地知くんっ、また話そうね!』
「へっ…、あ、はい!是非っ」
「免許取るまで純との会話禁止ねー」
「(なんで!?)」
『なんの話ですか?』

振り返りもせず手を上げ歩き去っていく五条と、最後まで笑顔を向けてくれた純の背中を見つめたまま立ち尽くす伊地知。まだ声の聞こえる距離で五条の話しに対し"先輩まじで性格悪いよ!"と気持ちのいい一言を発した純に、伊地知はモヤついた気分が晴れていくのを感じた。

「橘華純先輩…」

困惑してばかりだった表情が、穏やかな笑みに変わった。

それから数ヶ月は早かった。
季節の移り変わりがこんなにも早く感じたのは初めての経験かもしれないと思えるほどに。

「伊地知〜」
「(ビクッ…!)は、はい…?」
「純見なかった?」
「あ、いえ?今日は見かけてませんけど…」
「あっそ。じゃあいいわ」

五条による強制的な運転免許(MT)取得を目指す伊地知は、ある一つの噂に鬱々とした気分を抱えながら高専での日々を送っていた。

「(五条さんって常に橘華先輩を探してる気がする…)」
「ったく。どこいんだよあの馬鹿」
「(見かけるたび一緒にいることが多いし…)」
「もしもし硝子?純いない」
「(あの噂は本当なのだろうか…)」
「はっ?七海と一緒?…あいつまじでっ…」
「(橘華先輩と五条さんが…)」
「いやフラれてねぇよっ!!」
「(恋人同士だって噂…)」




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