ーそれから数週間後。

「つーかなんで電話出ねぇんだよ」
「(うわっ…五条さんしかいない…!)」

"しかも超不機嫌!"と内心絶望の声を上げた伊地知は今、自販機の前ですこぶる機嫌の悪い五条に出会し恐怖している。本当は純に用があり探していたのだが、恐怖のあまり物陰に身を隠し運のなさを呪った。

「任務もねぇのに何やってんだあのバカは」

今年の夏は呪霊の発生件数が極端に少なく、ほんの数週間の一時的なものではあるが呪術師の人手不足が解消された。そんな中、特級である五条と一級の純が出張る任務は少なく、日々馬車馬のごとく駆け回っている二人も近頃は一般的な学生と変わらない生活を送っている。

『あ、五条先輩ここにいた』
「(橘華先輩!た、助かった…!)」
「お前さあ〜、電話したらワンコールで出ろよ」
『先輩暇ですよね?』
「人の話聞いてる?」

今五条に見つかれば、確実にストレスの吐口にされる。想像に難くない状況に胃の辺りを押さえ息を潜めていると、少し離れた場所から聞き慣れた声が近づいてきて伊地知は現れた純に対して崇めるように両手を重ねた。

「こっちはジジイ共に呼ばれてクソ怠かったんだけど」
『夜蛾先生から聞きました』
「僕が超大変な思いしてる時にお前何してたわけ?」
『先輩の為にお菓子作ってました』
「…………」
「(え…?)」

今にも持っている缶ジュースを握り潰してしまいそうな五条を前に、怯むことなくそう言ってのけた純。さすがだなと感心しながらも唖然とする伊地知の目には、とても綺麗な笑顔を浮かべてあっという間に五条の機嫌をとってしまう純の姿が映る。

「僕の為に作ってくれたの?」
『はい』
「ちなみになんで?」
『え、先輩甘い物好きだし、喜ぶかなって思って』
「純ってちゃんと可愛いから好き」
『…はい?』

そう言いながら幸せそうに笑う五条。

『たくさん作ったから硝子先輩たちにも…』
「僕が全部食べる」
『でもみんなで食べたほうが…』
「僕の為に作ったなら僕が全部食べる権利がある」
『…あ、はい。ですね』
「(相変わらず仲が良いなあ、あのお二人は…)」

ここ数週間で一気に五条たちとの距離が縮まったのではないかと感じている伊地知は、出くわす度変化の著しい様子を見せてくれる二人を思い出し今日は比較的平常運転だなあと物陰から少しばかり顔を覗かせた。

「(…喧嘩するほど仲が良いってことなのか…)」

あれは確か五日前のことだったか…と、五条の携帯を奪おうと必死で飛び跳ねている純とそれを煽る五条に視線を向けながら、任務で軽傷を負いその治療をするため医務室に向かう道すがら、言い合いをしていた二人のことを伊地知は思い返していた。



ー五日前。

『また歌姫先輩からかったでしょ!』
「弱い人間に弱いって言って何が悪ぃんだよ」
『またそうゆう子供みたいな意地悪ばっか言って!』
「だって事実じゃん」
『先輩実は歌姫先輩のこと好きなんじゃないの?』
「あ!?んなわけあるか!!」
『じゃあからかうな!』

医務室につながる長い木造の廊下を曲がろうとしたところで聞こえてきた二人の声。どうやら何か言い合いをしているらしく、なんてタイミングが悪いんだと伊地知は反射的に廊下の壁に身を潜めた。

「つーかなんでお前が庇うんだよ、面倒くせぇ」
『先輩の日頃の態度に対するクレームが全部私に回ってくるからですよ!歌姫先輩だけじゃなくもっと上からも!』
「え〜なんでだろ〜、僕の彼女だからかな?」
『その白々しい態度やめろ』
「諦めも肝心だよ。クレーム処理はお前に任せた」
『なら今すぐ五条先輩の彼女辞めます』
「絶対駄目」

全くと言っていいほど反省の色を見せない五条の開き直った態度に、純は眉毛をぴりぴりと振るわせ湧き上がる苛立ちをなんとか抑える。どうにかして五条を納得させようと奮闘している先輩の姿に、伊地知は心の中でエールを送った。

『マジで周りから嫌われますよ!』
「別に?僕の人生に支障ないし」
『うぎゃーっ!!』

話しが通じないもどかしさからビシッ!と人差し指を突き立てて、怒りに燃えた表情で五条を睨む純。

「なんだよ」
『性格悪すぎ!』
「お前に言われたくねぇ」
『このクソガキ!』
「どっちが!」
『この際言いますけど、自分勝手にやりたいなら一人でどうぞ!私は五条悟のお目付け役じゃないし、先輩の尻拭いするために術師になったんじゃないの!これ以上振り回さないでください!』
「(…橘華先輩怖いけど凄いっ…!)」

突き離すような強い口調でそう言い切った純がもう知るかと踵を返し歩き出そうとしたその瞬間、五条が純の手首を掴み待ったをかけた。

「一人はつまんないから嫌だ」
『はっ…?』
「なんつーかさあ」
『…?』
「まだ良く分かんねぇんだわ」

空いているほうの手を首の後ろに回し、バツが悪そうに小さなため息を吐いた五条。俯き加減で純から視線をそらし、打って変わって反省しているような態度を示す。まるで叱られしょんぼりと落ち込んでいる子供のようなその姿に、純はいったん冷静になれと自分に言い聞かせ、困ったような表情を浮かべ問いかけた。

『…なにが分からないんですか?』
「周りに対する態度とか、立ち振る舞いとか」
『………』
「善悪の判断基準とか…こないだも夜蛾センに怒られたし」
『堅気の人間殴ったらそりゃあ怒られますよ』
「あとは…」
『……?』
「お前がどうしたら離れていかないか…とか」

掴んでいる手に力を込めて、少しだけ自分の方へと引き寄せる。こうして手の届く距離にいたとしても、心が近くにあるのかまでは分からない。一年前のあの日…自分の前から去ってしまった親友の姿が脳裏をちらつき、五条は小さなため息を吐いてから、意外だと言わんばかりに自分を見つめてくる純に視線を向けた。

「なんか言えよ」
『…私はその、なんていうか…』
「なに?」
『先輩の前からある日突然いなくなったりしないです』
「………」
『やっとできた大切な繋がりを手放したくないしそれに…』
「それに?」
高専ここが好きです』

少し照れくさそうに笑った純の和やかな笑顔の影響か、胸の奥につかえていたものがまるで泡のように弾け消える感覚がして、気が軽くなる。

『まだ進路は決めかねてますけどね』

入学後、数ヶ月しか経たないうちに五条の死に際に直面し、まるで双子の兄妹のように仲が良かった灰原の死を越えた矢先、信頼していた夏油の離反を目の当たりにしてもなおこの場所が好きだと純は笑う。

「決めかねてるなら呪術師続けろよ」
『先輩が自分自身を見つめ直してくれたら考えます』
「それは多分無理」
『………』
「でもお前がそばにいればきっと変わる」
『え…』
「分からないことは純が教えてよ」

ヘラっと浮かべた緩い笑顔は子供みたいに無邪気だが、思わず見惚れてしまいそうになるほど綺麗で視線をそらせなくなる。常日頃から迷惑だと感じている身勝手な振る舞いも、この笑顔を見せられる度仕方がないと許してしまうのだ。

『も〜!しょうがないな〜っ』
「へへっ。頼りにしてるよ、"純ちゃん"」
『その呼び方やめてください!』
「(もう仲直りしたっ…?)」

離れた場所で盗み聞き継続中の伊地知が、早く立ち去るべきだと理解していながらも先の展開が気になり壁から顔半分を覗かせる。すると視線の先には仲良く手を繋ぎその場から立ち去っていく二人の姿が映り込み、ある意味で貴重な場面を見たぞ…と下がった眼鏡を上げたその瞬間…。

「伊地知〜っ」
「ひっ!!!???」
「お前今度覗き見したらマジビンタするからなー」
「(えぇぇっ!普通にバレてたーー!!)」

怪我の治療に来ただけなんだから不可抗力だ!と内心叫ぶもその訴えは届かない。日々五条悟という恐怖の対象に遭遇しないよう努めている伊地知だったが、彼の努力が報われる日はこんにちに至るまでまだ訪れてはいない。



そして、今に至る。

「お前なに?僕らのファン?」
「違います!あの、橘華先輩に用があって…」
「はぁ?」

物陰に身を隠していた伊地知だが、例のごとくすぐに見つかり五条を前に身をすくめる。幸いにも助け船を出してくれる純がいることで若干緊張はほぐれるも、やはり恐怖は拭えない。

『もしかして頼んだ資料もうまとめてくれたの?』
「は、はいっ!役に立てればいいんですけど…」
『伊地知君すごいね!お願いして正解だった』
「そんな大したことじゃっ…」
『私こうゆうの苦手だから凄く助かる。本当にありがと!』

数日前、任務で回収する呪物の詳細をまとめて欲しいと純に依頼されていた伊地知。なぜ自分に?と不思議に思いながらも、期待に応えるべく一生懸命作った資料に目を通し、フリーズしてしまうほど完璧な笑顔をくれた純。術師としての才能に不安を抱えていたが、こんなカタチでも力になれるのだと伊地知の自信に繋がった瞬間だった。

「(とてもかわいいっ…!)」
「なんかムカつくお前」
「ひっ…!!」
『伊地知君さ、補助監督目指せば?』
「えっ?…補助監督、ですか?」

ズンッと高圧的な態度で伊地知に歩み寄ろうとした五条の腕を掴み、制するように自分のほうへと引き寄せた純。唖然としている伊地知に笑顔を向けたままこう続けた。

『サポーターとして優秀だって五条先輩が言ってたよ』
「へっ??」
「絶対言ってねぇ」
『でも才能を見越して免許取りに行かせたんでしょ?』
「術師としてクソの役にも立たねぇから行かせたの!」
『でも良い補助監になれるって言ってた』
「だから言ってねぇよ!」
『素直じゃないな〜』

長年連れ添ってきたようなテンポの良いやりとりに、改めて二人の仲の良さを感じる伊地知。

『あ、伊地知君甘い物好き?よかったらお菓子…』
「駄目!絶対コイツにはあげない」
『なんでそうゆう意地悪なこと言うんですか』
「手作り食えんのは彼氏の特権って決まってるから」
『ジャイ◯ンかっ』

知り合って数ヶ月が経ち、今でも時々二人の関係に疑問を抱くことはあるが、いつも本音でぶつかり合う二人の様子を見ているとそんな疑問も次第に薄れ、今では素直にこう思える。

「やっぱり、お似合いですね」
『「??」』
「この先もずっと、そのままのお二人でいてください」

夏が終わり、新緑の葉が紅葉に色を変える季節。
四年という長くも短い伊地知の学生生活に、二人の存在が今後を左右する大きな影響と色鮮やかな彩りを添えた。




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