「なあリヴァイ」
「ああ?」
「オレの妹、すっげぇ可愛いんだけどさ」
「……」
「巨人って、好みとかあんのかな?」
「…今日もてめぇの脳内はクソだな。エクトル」



数年前に死んだ戦友が、よく妹の自慢をしていたのを思い出した。仲間想いで情深く腕は立つが頭は弱い、とても残念でバカな奴だった。そんな男が巨人に食われ死んだ日から数年後、とある訓練兵の名前が兵団内に飛び交った。

「クロエ・グレース。今期のホープだね」
「彼女は確か、エクトルの…」
「そう。彼の妹だよ」

少し寂しげにそう言ったモブリットの言葉に頷くハンジ。生前彼は、自分には妹がいるとそこら中で自慢していたことを思い出す。自分が顔を出す度に壁外での事や、調査兵団の事をキラキラした目で興味深げに聞いてくるんだとか。自分もいつか兄の様になりたいと。

「一体どんな子か気になりますね」
「リヴァイみたいにめちゃくちゃ目つきが悪かったりしてっ」

そう言って「あはは!」と笑うハンジの横で、モブリットの表情が青ざめていく。

「オイ…」
「げっ。リヴァイいたの!?やだな〜冗談だよ?」
「黙れ奇行種」
「いでっ!」

どこから現れたのか、持っていた分厚い参考書の様なもので容赦なくハンジの後頭部を殴りつけたリヴァイ。モブリットが横で「分隊長ー!」と叫んでいたが軽く無視。不機嫌全開でハンジを睨みつけた。

「きょ、今日も遠慮ないな〜」
「てめぇの減らず口が治らねぇからだ」
「あ、それよりも聞いた?」
「ああ?」
「エクトルの妹が訓練兵トップだって!」

その瞬間リヴァイの表情が一瞬だけ曇った様に見えたが、またいつもの仏頂面に戻る。

「知ってる。近々引き抜く予定だしな」
「え!?そうなの!?」
「まだ卒業までに半年以上あるのにですかっ?」
「アレをこれ以上あそこに置いておく必要がないからだ。それと…」
「それと?」
「てめぇの大好きな巨人どものせいで、調査兵団は通年人手不足なんだよ」

面倒くさそうに溜息を吐き、すたすたと歩き去ってしまったリヴァイ。その小さな背中を見つめながらハンジとモブリットはきょとんとした表情でしばらくその場に立ちつくしていた。



兵士長であるリヴァイの言う通り調査兵団は通年通して人手不足。それは壁外調査という人類進歩の為に課せられた重要な任務で、毎回多大の犠牲者が出るからだ。しかしこの任務を放棄してしまってはそれこそ人類はカゴの中の鳥状態。ただ巨人の脅威に怯えながら壁の中で慢性化した食糧不足に悩まされ、生きてる意味など見出せなくなるだろう。

だからこそ調査兵団はある。志願者は変わり者が多いと言われるが、それもあながち間違ってはいない。あんなバケモノを自ら進んで討伐したいと申し出ているのだから。

「リーヴァーイー!」
「ああ?」

エルヴィンへの提出書類を出し終え執務室に戻るため歩いていたら、背後から謎の興奮状態に陥っているハンジが嬉しそうにスキップなんてしながら駆け寄ってきたものだから、リヴァイは表情を歪め冷めた視線を送る。その後ろからはモブリットが「分隊長落ち着いて下さい!」といつものようなやり取りを繰り広げていた。

「ねぇねぇリヴァイ!君はもう会った!?」
「何がだ」
「クロエにだよぉ!私は今しがた、ミケに紹介してもらったんだけどさぁ〜っ」

完全に緩んでいる表情があまりにもだらしない。

「すっごく可愛い子だったよ!」

君と違って愛想もいい感じだった!と親指を立てて言った一言には余計だと言ってやりたかったがその分睨んでおくことにした。

「お前、それを言う為だけに仕事を中断して来たんじゃないだろうな?」
「へっ?だって興味あったでしょ?」
「…特別ねぇよ。くだらねぇこと言ってる暇があるなら外周の巨人でも駆逐してこい」
「え〜っ!!ちょっとリヴァイー!」
「分隊長!あんた仕事放棄しすぎですよ!」

なんでああもうざいのか。
考えるだけ時間の無駄だがそう思わずにはいられなかった。先日訓練所に赴き教官を務めるキース・シャーディスに話を通したのは自分なのだから、クロエの存在を知っていないわけがないしその姿を見ていないわけでもなかった。かと言って面と向かって何かを話したわけでもない。

立体起動、格闘術、馬術においてはまるで兄のエクトルを見ているようだと視察に行き感じた。毎年行われているキースの通過儀礼を行なっていないのは、今期生の中では唯一クロエだけだということも聞いた。兄の死後、届けられた右腕と血まみれの団服を見て彼女は何を思いここに来たのだろうか。
いずれにせよその能力の高さから訓練兵にしておく必要がないと判断したリヴァイは、直々にエルヴィンへ申し出を立てた。

「ミケだ。リヴァイはいるか」
「ああ、入れ」

執務室に戻り暫くすると見知った顔がリヴァイを訪ねやって来た。寡黙な彼はハンジと違い余計なことを言わない分楽でいい。リヴァイは持っていた書類から目を離し、扉の方へ視線を向ける。

「クロエ、入れ」
「……」
『は、はいっ…』

その名前を聞いて僅かながらにぴくりと指先が反応した。聞こえてきた声は緊張していて、ミケに促されるまま部屋に入って来たのはまだ少しだけあどけなさが残る少女。

『クロエ・グレースです!よ、よろしくお願いしますっ』

エクトルの妹だった。

「…悪くない」
『あ、へっ…?』


ファーストンタクト
(壁外調査で生き残ったらすぐに異動申請してやる)
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