『リ、リヴァイ兵士長…この書類に…』
「………」

言いかけたところで差し出した書類をぱしっと勢いよく奪われた。
いつもなら「ああ」とか「かせ」とか無愛想ながらも返事をしてくれるのだが、ここ最近はほぼ無言。無言+嫌な威圧感をひしひしと感じるのだ。この間の立体起動の訓練からこの調子で、仕事だから一日一緒に行動するがほぼ会話はない。

自分が何かしてしまったんじゃないかと考えたが思いたる節がありすぎて逆に思い当たらない。常人とはかけ離れた思考の持ち主だから、一体自分のどの部分が気に入らないのかが分からず小さくため息を吐いた。聞いたとしても答えてくれなさそうだなと、ぶっきらぼうに返された書類を受け取りリヴァイに視線を向ける。

「………」
『あ、あの…リヴァイ兵士長…』
「………」
『…(また無視か)』
「………」
『すみません、何でもないです』

ここまであからさまな態度を取られるとこっちだって苛立ってくる。クロエは表情を歪めながら目を通し終えた書類をまとめ『提出して来ます』とだけ声をかけて執務室を後にした。



「あ、クロエ発見!」
『ハンジさんっ。お疲れ様です』
「うん。あれ?リヴァイは?」
『兵士長なら、執務室です』
「珍しいね、二人一緒に居ないなんて…」

背後から駆け寄って来たハンジに両肩を叩かれてにこやかに挨拶を交わす。いつも通りふわりと可愛らしい笑顔を向けてくれたクロエの頭を撫でて癒された後、隣で不機嫌な表情を浮かべているはずのリヴァイが居ないことに気づき少しだけ驚いた。

最近二人はどこに行くにも行動を共にしていたし、クロエに絡もうとすると痛いくらいに睨まれていたから。ハンジはこれは何かあったなと察すると、好奇心に火がつき目をキランッと輝かせた。そして「何かあったの?」と興味深げに問いかけると、クロエがため息をついたものだから内心ビンゴ!と呟いた。

『ハンジさん、相談していいですか?』
「もちろんっ!私でよければ是非話して!」

不安げな表情で自分を見つめてくるクロエが小動物のようで可愛いと思った。立ち話もなんだからとクロエを部屋に招いてベッドの上に座らせると、自分も椅子の上に腰を下ろす。初めて入るハンジの部屋は綺麗に整頓されていて、もっとこう巨人の資料でごった返しているんじゃないかというイメージがあったが一瞬にして消え去った。

「で、どうしたの?」
『そ、それがですね…』

さっそく話を切り出しハンジに、少し緊張した面持ちで口を開いたクロエ。どんな面白い展開が待っているんだろうと耳を傾けると、リヴァイ兵士長がまともに会話してくれないんですとクロエは言った。肩をがくっと落としながら。

「え、…リヴァイが?」
『はい』
「それはいつから?」
『えっと、この間立体起動の訓練をした次の日からです…』

と言うとあの日か。自分とモブリットが二人の様子を盗み見ていた夜の事だ。不器用な彼はクロエというお気に入りが他の人間たちと親しくしている事を今だに良くは思ってないらしい。ハンジは数回瞬きをした後で吹き出しそうになるのを必死に押さえ、コホンッと一度咳払いをした。
ああ、あのゴロツキにも人間らしい可愛い一面があるじゃないかと内心皮肉を呟きながら。

「リヴァイの様子は?どんな感じ?」
『リヴァイ兵士長、と呼びかけても基本無視で…何か話しかけても返事はないし、よくて"ああ"くらいです…』
「ふむ」
『確かにあの夜迷惑をかけてしまったのは私なんですけど…。そこまで気に入らなかったんでしょうか?』

自分ならまず気にしないであろう出来事を、こんなにも真剣に悩んでいる純粋なクロエ。そんな彼女部下に持つリヴァイがますます羨ましくなった。と同時に、これは実に面白いものが見れそうだと二ヒヒと不敵な笑みを浮かべる。

「ねぇクロエ」
『はい?』
「君は、部下を持つ上司の気持ちを考えた事あるかい?」
『え…?』

普通、部下も上司もお互いに価値観の合うベストな相手なんか選べないしこればっかりは縁というかなんと言うか。私だってクロエと仕事をしたいけれど、私の一存じゃあそれは叶わない。けど、リヴァイは違う。彼は自分で自分の下に付く人間を選ぶ事ができるんだよ。それってつまり、兵士としての強さもあるけどあいつがいいなって思いも含まれてるって事になるだろう?

「誰かに指示されて今日から面倒見ろよって任された部下より、自分が選んだ部下の方がそりゃあ愛着も湧くってもんだよねっ」
『そ、そうゆうものでしょうか?…と言うか、私がリヴァイ兵士長の部下になったのって、エルヴィン団長の指示じゃないんですか?』
「うん。リヴァイの意向」
『……』
「あ、これ秘密だった」
『……』
「リヴァイには私がバラしたって内緒だよっ」

てへっと舌を出して明らかに確信犯な笑みを浮かべるハンジ。あのリヴァイを恐れないなんて流石は頭のネジが一本…いや二本ほど外れていると言われているだけの事はある。クロエは自分を引き抜いてくれた人物がまさかリヴァイだったとは思いもせず、その真実に言葉を失った。

「つまり君は、リヴァイのお気に入り」
『……』
「私だったら、可愛い部下が他の班のどうでもいい野郎共と親しくしてたら嫌だなあ〜っ。あ、私とは仲良くしていいけどね。それに、壁外で背中を預け合う仲だしそれなりに信頼関係は築いておきたとも思う」
『……リ、リヴァイ兵士長は、私なんかと信頼関係を築きたいとか思うんでしょうか?』
「クロエはまだリヴァイという男を知らないからね」

彼はああ見えて、仲間思いで部下思いないい奴だよ。

『ハンジさん…』
「ん?」
『私はまず、何をしたらいいでしょうかっ?』


分隊長入知恵
(あいつ…どこで油売ってやがる)


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