『リヴァイ兵士長ーっ!』
「ああ?」

執務室へ向かうため通路を歩いていると、背後から聞き慣れた声に名前を呼ばれ振り返る。すると視線の先に可愛らしい笑顔を浮かべながら手を振り駆け寄ってくるクロエの姿が映り込み足を止めた。

朝から元気で無駄に明るい奴だなと感じながらも自分とは対照的すぎるその存在に悪い気はせず、寧ろ目を離せないでいるとクロエが目の前まで来て『おはようございます』とふわりと笑う。

今日はいい日になりそうじゃないかと思いながらクロエが抱えていた大量の書類を奪い取ると、リヴァイは比較的穏やかな表情で「行くぞ」と再び歩き出した。これが最近の日課になりつつあり、悪くない…そう思っていた。

「いいかいクロエ。作戦3は…」
『ま、まだあるんですかっ?』
「当たり前じゃない!更に親睦を深めないとっ」

そう意気込むハンジを前に、拒否権など存在していなかった。

『…最近はそこまで機嫌悪くないんですが…』
「次はこれだ!」
『聞いてないですよね…』

"毎朝リヴァイの名前を呼びながら、満面の笑みで駆け寄り挨拶をする!"

「ぐふふふふっ!どんな顔するか楽しみだぁぁ!」
「すまないクロエ…」
『だ、大丈夫ですモブリットさん』


確かにこの行動をし始めて5日目になるが効果が出ているのだろうか、リヴァイの機嫌が急に悪くなることはなくなり雰囲気もいつもよりかは幾らか柔らかい気がしていた。と言っても彼と関わりの薄い人間からしたら近寄りがたいことに変わりはないのだけれど。
やはりリヴァイのことをよく知るハンジは凄いなあと感心しつつ、今日も仕事に励むクロエであった。



順調だった6日目の朝。
悲劇は起こった。

朝、いつもの時間にいつもの通路を通り執務室へ向かうリヴァイを見つけ声をかけたクロエ。笑顔で駆け寄りあと少しで目の前まで辿り着くと思っていたその時だった。

「あれっ、おい!久しぶりだな!」
『えっ?』
「やっぱり!クロエじゃないかっ」

T字になっていた通路横から声をかけられ強制的に足を止める形となったクロエ。視線をずらして声をかけて来た人物を確認すると、身長の高いわりと体格のいい青年が笑顔を浮かべてこちらに歩み寄ってくるのが視界に映り込んだ。

『…ジル?』
「おうっ。元気してたか?クロエ」
『うわあ…半年ぶりくらいだ』
「ははっ。お前が引き抜かれてからそんな経つか」
『他のみんなは?元気?』
「ああ、生憎全員元気過ぎるくらいだ」
『そっか。それは良かった』

そう言ってふわりと笑ったクロエに視線を泳がせたジルと呼ばれた青年。照れ臭そうに頬をぽりぽりとかくと、思い出したかのように口を開いた。

「そう言やお前、リヴァイ兵長の班に配属されたって聞いたぞっ。マジなのかよ?」
『うん。本当だよ』
「すげぇなっ…精鋭中の精鋭か。つか、大丈夫なのか?」
『何が?』
「リヴァイ兵長って噂通りすっげぇおっかない人なんだろ?うちの班の先輩たちはみんな怖いって言ってたぜ?」

心配そうな表情でそう言ったジルを見上げるクロエ。リヴァイ班に配属されてまだ半年しか経っていないが、自分よりも長く兵士をやっている先輩たちでさえ今だにリヴァイを恐れてる人がいるんだと改めて思い知らされた。

『リヴァイ兵士長は…』
「オイ…」
『「!!!!」』

低く響いたテノールに、新兵二人の体が硬直し声のした方に視線を向ければこの世の終わりを見た気がした。

『リ、リヴァイ兵士長!!』
「っ!!!(本物かっ!?)」

目の前にはすこぶる機嫌の悪いリヴァイがジルを思いっきり睨みつけていて、これでは兵士長と言うより恐喝しているゴロツキにしか見えないとクロエの顔が青ざめていく。ジルは姿勢を正し敬礼するが、そのあまりの威圧感に言葉を詰まらせていた。

「オイ、てめぇの所属はどこだ」
「は、はいっ!第三分隊所属、ジル・ランディスです!」
『へ、兵士長…あの…』
「そうかジル。よく分かった、覚えておこう」
「はっ!!光栄です!」

冷や汗だらだらで搾り出すようにそう言ったジル。

「光栄ついでに一つ教えてやる」
「え、あっ…はい!」

意外と何事もなく終わるかと胸を撫で下ろそうとしたその直後、自分よりも身長の高いジルの胸倉をガシッと掴み勢いよく引き寄せたリヴァイ。男にしては小さい体から繰り出されたその力強さに、ジルはなす術なく絶望的な表情を浮かべた。

「オレのテリトリーに足を踏み入れる時は十分に気をつけろよ。巨人のうなじと一緒に削ぎ落としちまうかもしれないからな」
「ひぃぃぃっ!!」
『へ、兵士長!…もうそれくらいでっ…』
「ちっ」

クロエの制止に舌打ちをしてジルを突き放すと、少しだけ口調を強めて「ガキが」と背を向け歩き出して行ってしまった。目の前で起きた光景に圧倒され我にかえると、クロエが『ごめんねっ』と言い残し走り去って行く姿が視界に映る。

噂通り粗暴で口が悪く、近寄りがたい。
そんな人物であることを再認識させられた。

「あ〜、いい展開になって来たなぁぁ〜っ」
「分隊長!あんた仕事してくださいよっ!!」


悲劇じゃない。これは喜劇でしょ


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