ハンジさんの考えてくれた作戦1.2.3は順調だった。機嫌の悪かった兵士長もこの作戦のおかげで最近は普通だった…寧ろ穏やかな方だったと思う。そんな兵士長との仕事はやり易くて、話だってかけやすかったのに。

のに、どうしてこうなった。

「見てたよっ!私は見てたっ」
『さ、流石ですハンジさん!』
「いや、仕事サボってただけですから!」
「人聞き悪いな〜モブリット」
「事実です!」

人影の少ない通路の端で、何やらコソコソと物議を交わしているハンジら三人。約一名が実に楽しそうに盛り上がっている横で、クロエとモブリットはため息をついた。もちろん、互いに別々の事情でだが。

「リヴァイはああ見えてめちゃくちゃ部下思いな奴だから、可愛いクロエに変な虫が寄り付いたんじゃないかと気が気じゃなかったんだよ」
『え、リヴァイ兵士長ってそんなに熱い方だったんですか!?』
「うん!あ、いや、クロエにだけかな?」
『え?』
「まあ!何はともあれだ!作戦4を実行しよう!」

ぐっ!とクロエの両手を握りしめて怪しげに眼鏡を光らせたハンジ。彼女に懐いているクロエは真剣な表情で頷いているが、モブリットだけは深いため息をついた。

『そもそも、どうして兵士長はあんなに機嫌がころころ急変するのでしょうか?』
「え、クロエ分かっていないのか?」
『…は、はあ…すみません』

モブリットは少し驚きつつハンジに視線を移す。

「簡単に言うとだクロエ」
『はい』
「リヴァイは君が心配なんだよ」
『…心配?あの兵士長が?』
「そ。私と同じでね、可愛い部下が心配なんだ」

言いながら自分の頭をよしよしと撫でるハンジに、クロエは恥ずかしそうに頬を赤らめた。そんな素直な反応が可愛くて、荒んだ自分達からしたら癒しに近い。こりゃあ独り占めしたくなるわけだとハンジは苦笑いを浮かべた。

『ハンジさん、作戦4!やりましょうっ』
「よぅしっ!では、説明するよ!」

次の行動は、こうだ!



『リ、リリリヴァイさんっ!』
「ダメ!どうして吃るのっ?」
『だって呼び慣れてませんよ!リヴァイさんなんてっ』
「その一線を越えた先に深い絆があるんじゃない!私とクロエみたいにっ」

ビシッと人差し指を突き立ててクロエを指導するハンジ。こんな事をもう30分は続けているだろうか、何を考えているのか分からない上司を横目にモブリットは苦い表情を浮かべた。

「そろそろリヴァイの事も兵士長、なんて堅い呼び方じゃなくてリヴァイさんくらいの距離感で呼んであげなきゃ可哀想だろ?」
『…いや、上司ですし…』
「でも私たちのことはさん付けじゃないか」
『そ、それはお二人が優しいからでっ…』
「リヴァイだって絶対クロエに距離詰めて欲しいと思ってるって!なあ、モブリット!」
「…クロエは貴女と違って常識人だと言う事を忘れないでください」
「へ?」

どこか冷めた目でハンジを見つめそう言ったモブリットに、わざとらしく首を傾げた。作戦4と称してハンジが提案したのはリヴァイの呼び方を変えてみようというものだった。クロエが自分以外の人間のことを「さん」付けして呼び始めた時くらいから機嫌の起伏が見られるようになったのをハンジは分かっていたのだろう。

最大の問題点を直接的に叩いた時、あの仏頂面がどう崩れるのかが楽しみで仕方なかった。

『怒られると思いますけど…』
「いや、絶対に怒らない!私が保証するっ」
「あの、分隊長…」
「ん?」
「ただ呼ぶだけでは違和感しか感じられないので、少しシュチュエーションを加えて作戦を実行した方が良いと思いますけど…」
「!!!」

モブリットの見兼ねた提案に、ハンジの目がキラッと怪しげな光を灯した。

「それだ!よし、こんなのはどうだろう!」
『…?』



リヴァイ兵士長ならさっきエルヴィン団長と歩いてたぞ。顔見知りの兵士からリヴァイの居場所を聞き出し上機嫌で歩いていくハンジ。その後ろを緊張した面持ちでついて行くクロエに、げっそりした表情のモブリット。ここ数日で溜まった書類の山をどう片付けようか頭を悩ませていた。

「あ!リヴァイ発見!…準備はいいかいクロエ」
『ええっ…ちょっとまっ…』
「よし!じゃあ突撃!…おーい!リヴァイー!」
「早っ!分隊長早すぎます!」
『ああっ、待ってくださいモブリットさん!』

通路の角から視線の先にいるリヴァイを確認するやいなや、何の躊躇もなしに飛び出して行くハンジ。そんな周りを気にしない身勝手さにモブリットとクロエは慌てて後を追いかける。

「やあ、リヴァイ!お疲れ様ーっ!」
「……」
『ハ、ハンジさん待って下さい…』

意気揚々と声をかけてきたハンジに振り返ったリヴァイはいつも通りの無表情。だったのだがその視界にクロエの存在を映したことで少しばかり見開かれた切れ長の瞳をハンジは見逃さなかった。

そして見事なまでに歩み寄ってきたハンジをスルーして通り過ぎると、クロエの側まで歩み寄り表情を歪めるリヴァイ。ひしひしと伝わってくる恐ろしい威圧感にクロエはヤバイ…と感じながら数歩後ずさる。

「オイ…どこ行ってやがったクソ新兵」
『え、あのっ…』
「クロエは今まで私と居たんだよ。巨人の研究の資料集めをして貰ってたんだ」
「ああ?」
「ごめんごめん、クロエは優秀だからさ。ついつい手を借りたくなってしまうんだよね」
『ハンジさん…』

なんて嘘が上手いんだろう。
尊敬します!と内心呟くクロエ。

「てめぇは毎度毎度、オレの部下を使い過ぎだ」
「私だって優秀な部下がもう一人くらい欲しいんだよ」
「モブリットが居るだろうが」
「そんな固いこと言うなよ、リヴァイ」
「黙れクソメガネ。クロエ、お前もほいほいこのバカについて行くんじゃねぇよ」
『………』
「こいつだけじゃねぇ。他の連中にもだ。こっちの仕事が片付かねぇだろうが」

ハンジに言われるまで気付かなかった。
リヴァイが部下思いな、熱い男だと言う事を。
こんな風に思ってくれていたなんて。

がしっ!という音と、片腕に加わった重み。視線を向ければ目の前で大きな瞳をキラキラと輝かせながらリヴァイの腕を掴んで歓喜しているクロエがいた。考えたシチュエーションとは全く違う予想外の行動に、モブリットとハンジは目を点にして驚いている。

「オイ…」
『私、勘違いしていました』
「…離せ」
『兵士長の事をっ』
「ああ?」

意味が分からない謎の発言しだしたクロエに、表情を歪めるリヴァイ。

『神経質で粗暴でとっても口が悪くて近寄りがたい。おまけに潔癖症だし…怖いし、目つき悪いし…冷たいし…怖いし』
「怖いって二度言ったね」
「ええ、言いましたね」
『そんな見た目通りのリヴァイ兵士長のこと、私は浅はかな目線でしか見ることが出来てなかったと気づかされました』
「…浅はかなのはてめぇの脳内だ、クロエ」

こめかみにぴきりと青筋を浮かべたリヴァイが、思い切りクロエを睨みつける。が、どうしたことだろう。いつもなら小さな悲鳴をあげて怯むはずなのに、今だに目を輝かせているクロエがいた。

『そんなリヴァイ兵士長だけど、本当は誰よりも部下思いで熱い意志をお持ちの方だと言うことがよく分かりました!』
「…オイ、何なんだこの鬱陶しい生き物は」
「君の大好きなクロエだよ」
「…!ハンジ、このクソメガネッ…」
『私、そうゆう熱い意志を持っている人大好きなんです!』
「「「!!!!」」」

"大好き"
そのワードにだけ過剰な反応を見せた上司三人の動きがピタリと止まり、クロエだけが生き生きとさらに目を輝かせ口を開いた。

『リヴァイ兵士長!』
「……」
『これからは、リヴァイさんって呼んでもいっ…』
「ダメだ」
「えっ!?ダメなの!?」
『じゃあ、リヴァイ兵長はどうですか?』
「オイ、クソメガネ。こいつに何吹き込みやがった」
「い、いや私は何も言ってないよ?」
「嘘をつけっ。目が泳ぎまくってんだろうがっ」

逃げようとするハンジの襟を掴んで今にも駆逐してしまいそうな勢いのリヴァイ。そんな二人のやりとりに仲の良さを感じたクロエが嬉しそうに微笑みリヴァイの腕を再び引くと、「ああっ?」と苛立った様子で振り返った。

『兵長が嫌なら、リヴァイって呼んでもいいですか?』

とびきり眩しい笑顔に心臓がどくんと高鳴った。


名前でんでもいいですか?
(誰に向かって口聞いてんだ)
(痛い!痛いです兵長っ!)


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