『リヴァイって呼んでもいいですか?』


本当に綺麗な笑顔だと思った。地下街暮らしが長かったせいか、花が咲いたようにふわりと笑うクロエの笑顔が眩しく見えて仕方ない。調査兵団に入団して、壁外調査を経験し巨人のうなじを削いで回っていた新兵がどうしてあんなにキラキラ輝く笑顔を浮かべられるのか不思議だった。

『リヴァイ…!』
「ああ?」
『…兵長』
「呼び捨てんな。同期面かてめぇは」
『嫌ですか?』
「そうゆう問題じゃない」
『どうゆう問題ですか?』
「…うるせぇな。必要なもんは揃えて来たのか」
『はいっ。あとは箒だけです』

店の入り口の壁に背中を預けて寄りかかり、そんな事を考えていたら布いっぱいに包まれた荷物を手に戻ってきたクロエ。リヴァイから渡されたメモに目を通しながら揃えるべきは箒だけだと伝えると、またあの笑顔を浮かべてきた。

特に表情を変える事はないがその笑顔を前に内心「悪くない」と呟く。そしてクロエの手から荷物を奪うとそそくさと歩き出し次の店に向かう。
朝、執務室に行き恒例掃除に取り掛かろうとしたらハタキがいつの間にかボロボロになっている事に気付きリヴァイに伝えると「これは由々しき事態だ」とすぐに買い出しに行くことが決まったのだ。仕事より掃除用品の買い出し優先かよ、と内心ツッコミを入れたがそんなこと口が裂けても言えなかった。

『兵長っ、私が持ちます!貸してくださいっ』
「チビ新兵は黙ってろ」
『チビッ…!て言うか、兵長だってチビ…』
「ああ?」
『いや〜私より5pも背が高くて羨ましいです』
「バカにしてんのか?」
『し、してませんっ。素敵だなと思ったんです』
「心にもねぇ事を…」

ちっと舌打ちが聞こえてしゅん…と俯くクロエ。そんな素直な反応が可笑しくて、部下にして半年が経つがやはりあのエクトルの妹なんだなと改めて思い知らされた。あの男も随分と喜怒哀楽のはっきりしている奴だったなと、昔の記憶が蘇る。
それはまだ、調査兵団に入団する前…陽の光すら届かないゴミ溜めの地下街に住んでいた頃の記憶。

「よっ、揃ってるかお前ら」
「あー!エクトルの兄貴じゃん!」
「お、来たのか」




入り口のドアの前。すぐには入室せず近くにあった小さな箒で靴底の泥を払っている長身の男に、イザベルとファーランが気づき出迎える。綺麗なブラウンの瞳に、同色の髪。整った顔立ちにニカッと歯を見せて笑う笑顔がよく映えた。

「オイ…。お前、いい加減こんな所に出入りしてるのがバレたら首が飛ぶぞ」
「大丈夫だって。オレそうゆうの上手いだろ?」

部屋の奥の椅子に座り、ナイフを磨いているリヴァイが一瞬だけエクトルに視線を移し呆れながらにそう言った。まだ幼かった頃、自分と街で知り合い悪さばかりしていた悪友のエクトル。彼が昨年調査兵団に入団したと聞いた時には驚いたものだ。もともと地上の居住権を持っていた彼ならばできない事はないのだが。

「リヴァイに会いに来てるんだもんな、エクトルさんは」
「察しがいいなファーラン。ご名答」
「ちっ。気持ちわりぃ」
「オレはエクトルが来てくれると楽しくて嬉しいぜっ」
「はははっ、イザベルは本当素直な」

歯を見せて笑うエクトルに頭を撫でられ嬉しそうにしているイザベル。リヴァイとは違った雰囲気と親しみやすい性格の為か、来るたびに地上でのことをあれこれ興味津々に聞いてくる少女に妹の姿が重なって見えた。

「で?今日は何しに来たんだ」
「ほれっ」
「ああ?」
「なんだよコレ」
「おいエクトルさん、やばいブツじゃねぇよな?」

机の上にドンっと置かれた布の袋。何やら結構な物量の物が入っているらしく、意味深かしげな表情を浮かべたファーランがそう問いただすとエクトルは声を上げて「あはは!」と笑った。

「そんなモン持って来るかよ。オレは善良な国民だぜ」
「よく言うな。リヴァイと地下街牛耳ってたくせにさ」
「昔の話だ。いいから開けて見ろ」

笑いながら袋の開封を促すエクトルに、好奇心旺盛なイザベルが面白そうに手を伸ばし紐を解く。袋の中を覗き込むと、赤々と艶めく丸い物体がいくつも入っていた。

「うちで獲れたトマトだっ。お裾分けしてやる!」
「なんだトマトかよっ。普通に渡せっての」
「へぇ〜っ!うまそうだな、リヴァイ兄貴!」
「上手いぞ、食ってみろ」

袋の中のトマトを一つ手に取りイザベルに差し出すと、嬉しそうにそれを受け取る。リヴァイの所にいるからまだ食いっぱぐれることはないだろうが、年頃の女の子にしては確実に栄養が足りていないことくらい分かる。こんな場所じゃあ、作物など育たないのだから。

「イザベル、皿の上で食えよ。床が汚れる」
「はーい!っと」

ナイフをケースにしまい、お皿を取りに行ったイザベルからエクトルに視線を移したリヴァイは小さくため息をついた。

「相変わらずの潔癖体質だな」
「うちは清潔第一なんでね」
「ファーラン、お前嫌にならねぇか?こいつ人が使ったナイフですら汚ねぇっつって拭うんだぜ」
「汚れを拭って何が悪い」
「オレは汚れか!?」
「ああ。近いものを感じるな」
「しゅん……」
「あんたな相変わらず打たれ弱いなエクトルさんよ」

ソファの上で膝を抱えて俯く長身男に苦笑いを浮かべるファーラン。

「あ、そのトマトさ。妹が獲ったんだよ」
「妹?…エクトルさん、あんた妹いたのかっ?」
「ああ。居るよ、一人な」
「初耳だな。よく隠し通したもんだ」
「だってリヴァイに狙われたら困る」
「ぷっ!」
「何笑ってんだファーラン」

真面目な顔してリヴァイを見据えるエクトルが可笑しくてファーランは口元に手を添えながら笑いを堪える。

「へぇ〜!妹いんのかぁ〜っ、いくつ!?」

いつの間にか戻って来ていたイザベルが、エクトルの向かい側の椅子に座り興味津々で尋ねて来る。その膝の上には皿の上に乗っかったトマトがあった。

「イザベルと同い年くらいかな、多分」
「どんな奴なの?」
「ん〜、まあ一言で言えば…可愛い、だな」
「今度連れて来ればいいじゃんっ、オレ会ってみたい」
「オイ…ガキはてめぇ一人で十分だ」
「え〜!兄貴〜っ」
「あー!だめだめ!リヴァイに狙われたら困る!」
「クソエクトル。興味ねぇよ」



あれから随分、時間が経った。

『兵長?大丈夫ですか?』
「………」

あの時エクトルが頑なに会わせることを拒否していた妹が、今自分の横を歩いている数奇な運命にリヴァイは空を見上げた。あの時、あの瞬間、自分を庇い巨人の餌になった悪友が今何を感じているのか…柄にもなくそんなことを話してみたいと思った。

『あ、兵長見てください!今年は豊作だったみたいですね』

トマト、あんなにたくさん売ってますよ。


これはお前が繋げた運命なのだろうか
(お前の心配していた通りになったが。何か文句あるか?)


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