「ゴホッ、ゴホッ…!」
「え、嘘…」
「驚きましたね…」
『私も…びっくりです』
「てめぇら…人をなんだと思ってやがる…」

バカは風邪ひかないなんて聞いたことがあるけれど、君はバカではないものね。と執務室のソファに座っているリヴァイを指差しながらそう言ったハンジには恐れ入る。

朝、いつもの時間に執務室に来てみればすでにソファの上でぐったりと横になっているリヴァイがいて、死んでしまったんじゃないかと慌てて近づいたら「うるせぇよ…」といつものリヴァイ節が聞こえて来たから胸を撫で下ろしたクロエ。すぐにハンジとモブリットのところに行くと、面白い何それ!と言いながら駆けつけてくれたのだ。

「余計なもんを連れて来るな、バカか」
『だって、兵長辛そうだったので…』
「こいつの顔を見てる方が悪化する…ゴホッ」
「酷いなあっ。私たちの気持ちを無にする気?」
「頼んでねぇんだよ、クソメガネ…」
「病気をしても口の悪さは健在だねぇ」

やれやれと両手を軽く上げて呆れるハンジに舌打ちをするリヴァイ。早く出ていってくれることを心底願っているのだが、その思いが成就するのは難しそうだ。

「とにかく、数日はしっかり休息を取るべきだ」
「団長には我々から伝えておきますので」
『ありがとうございますモブリットさん』

隣にいたモブリットの頼もしさに笑顔を浮かべるクロエ。真面目で誠実な彼ならしっかりとエルヴィンに伝えてくれることだろう。そんな会話をしている最中もリヴァイは何度か咳き込んでいて、流石に心配になってくる。風邪を引いているのに書類整理なんてしようとしているものだから、ハンジがそれを取り上げ「休養!」と珍しくまともにリヴァイを気遣っていた。

「オイ、オレは大丈夫だっ…余計なこと、ゴホッ…すんじゃねぇよ」
「そんないつも以上に歪んだ顔で言われても説得力ないよ」
『兵長、今日は休んで下さい。辛そうです』
「ああ?」
「ほうら!可愛い部下がこんなに心配してくれてるよリヴァイ〜。これはもう休むしかないよね」
「てめぇクソメガネ…なんか企んでんだろ…」
「やだな〜!!!」

本当に不安そうなクロエの表情とは対照的に、ハンジは大袈裟に声を上げると怪しげにメガネを光らせリヴァイの耳元で囁くように口を開いた。

「ここで休めば看病してくれるのは確っ実にクロエだよねっ。きっとどんな我儘でも聞いてくれるに違いない、これを機に一気に急接近でき…あぐっ」
「分隊長!」
「いっそ死ね。この生き急ぎ野郎が」

ワナワナと肩を震わせてそう言ってきたハンジのこめかみを片手でぐわっと押さえ込んで距離をとったリヴァイ。その表情は実に不快そうでクロエは苦笑いを浮かべた。ハンジが囁いていた会話の内容は、聞こえていないらしい。

「あ、クロエこれを」
『何ですか?』
「風邪薬だ。兵長に飲ませて」
『あ、ありがとうございますモブリットさん!』
「オレたちは戻るから、兵長を頼むな」
『はいっ。任せてください』

ただ面白で茶化しに来たわけではなかったらしい。頼もしい常識人の部下二人がそんな会話をしている最中もリヴァイはハンジをあしらうのに精一杯の様。薬を渡し終えたモブリットはハンジを後ろから押さえ込みリヴァイから引き離す。「面白いもの見せてよ〜っ」と謎の発言を残して引きずられて行くハンジを見送ると、「ちっ」と舌打ちが聞こえて来た。

「クソメガネがっ…ゴホッ、ゴホッ」
『あああっ、兵長!仕事なんてしなくていいですから自室に戻って休んでください』
「だから大丈夫だって言ってんだろ…っ」

いつもより怠そうな声が聞こえて立ち上がったかと思えば目眩に襲われたのかよろけるリヴァイ。こちらが思ってる以上に良くないんだなと、クロエは表情を歪めながらリヴァイの団服の裾を引っ張った。

『リヴァイ兵長。お願いですから休んで下さい』
「……」
『書類整理なら私がやっておきますから』
「クロエ…」
『はい?』

執務用の机に手をついて咳き込む。白い肌には赤みがさして、額には若干だが冷や汗が滲んでいる。呼吸も先程より辛そうでいよいよ本気で自室に帰した方がよさそうだと思い始めた。

「あとで水持って部屋に来い…ゴホッ、ゴホッ」
『あ、はいっ…』

クロエの肩に手を置きそう伝えると、おぼつかない足取りで執務室を出て行ったリヴァイ。意外とすぐに折れてくれてよかったと安心したのも束の間、自分も後を追うようにして部屋を出ると水を取りに食堂に向かった。

『大丈夫かな〜、兵長』


兵長が風邪をきました
(あんな顔で頼まれたら、休むしかないだろうが)


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