『はい、どうぞ兵長』
「…オイ、何のマネだ…」
『私が風邪を引いた時は、いつもこうして兄がスープを食べさせてくれてました』
「……お前らの兄妹事情は知らん」
『遠慮しないで下さい!お腹空いてますよね?』

人類最強とはよく言ったもので、あれから1日経って通り薬も飲んでいないのに状態が落ち着いてきたのには驚いた。昼食を持って来てみればベッドの上で上半身だけを起こし書類整理なんて始め出す始末。これはもう何いっても駄目だろうなと思いながら、持ってきたスープは飲んでもらおうと今に至るのだ。

「貸せ。自分でやる」
『あ、ちょっ…人がせっかく!』
「善意とお節介は別物だぞクロエ」
『分かってますよそんなこと!』

クロエの手からトレーとスプーンを奪い取り、1日ぶりとなる食事を取るリヴァイ。まあはなから期待はしていないし食事は自分のペースで取るものだから別にいいかと思い直す。

『それ私が作ったんです』
「………」
『美味しいですか?』
「…普通だ」
『…ちっ』
「てめぇ今舌打ちしたろ」
『してませんよ。空耳じゃないですか?』
「…ムカつくな」

とは言いながらもしっかりと空になったお皿を見つめ、クロエは良かったと笑顔を浮かべた。そのあと寝るまで付き合えと他愛もない会話に付き合わされ(殆どハンジの悪口)リヴァイが眠りについたのを見計らって、部屋を後にした。



どれくらい眠っていたかは分からないが、目が覚めた頃には窓から差し込む光がオレンジ色に染まっていた。昼食を食べ終えた時間帯を考えると、数時間は眠っていたんだろうなと予想はつく。

リヴァイが怠さの抜け切った体を起こそうとベッドに肘をついた瞬間、左側に重みを感じ視線を向けるとクロエがベッドの縁で腕を枕に眠っているのが見えた。一瞬思考が停止しかけたがなんとか状況を受け止めゆっくり上半身だけを起こす。

『ん…』
「……」

腕に乗せていた頭の向きを変えた事で見えたクロエの穏やかな寝顔に、とくんと心臓が高鳴るのが分かった。自分でも不思議なほど自然に動いた手が、顔にかかった髪を退かし耳にかける。長い睫毛が影を作り本当に綺麗な寝顔をしばらく見つめていると、柄にもなく可愛いと心の中で呟いてしまっていた。

「…クロエ」
『………』

名前を呼んでももちろん返事はない。夕日に照らされ艶めくアッシュブラウンの柔らかい髪に手を伸ばし、頭を撫でる。どこか儚くて、でもしっかりとした強さを秘めているクロエの存在がいつの間にかこんなにも大きくなっていた。次の壁外調査では、先陣切って巨人を討伐しなければならないと言うのに。

仲間を失いたくないという思いは部下全員に等しく思う事だが、何故だがクロエに対する思いは別格なのだ。…失いたくないとかそんな次元ではない。心の奥底から、失ってはいけないとそう思わせてくる。

『兄……さん…』
「…!!」
『行かないで……っ』

近くにあったリヴァイの左手を握りしめ、弱々しく囁かれた言葉にエクトルの最後の瞬間が蘇ってくる。死の間際、いつもと変わらない笑顔を浮かべて「妹を頼む」と言い残したあの姿が、数年経った今でも記憶の中にこびりついて離れない。

平然とはしているが、本当は辛いと分かってる。あえて周りからエクトルのことを聞き出そうとしないのは、兄の死と向き合うのが怖いから。リヴァイはクロエの左手を起こさないように握り返すと、誓いを立てるかのように手の甲に唇を寄せ、

「何があっても、必ず守ってやる」

そう小さく呟いた。


その男の死に誓いを立てて
(season1.20180904.end.thank you!)


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