ヘイズ・マック
ドニー・ワーカー
オリヴィア・ストロングス

以上三名の一時異動をここに命ずる。
渡された一枚の書類に目を通した二人は、今回自分たちの上官となる人物の名前を目にし絶望的な表情を浮かべ、残る一人、体格のいい筋肉質の青年ドニー・ワーカーはそんな二人とは対照的な歓喜に満ち満ちた表情で拳を握りしめていた。

「リヴァイ兵長の班って…今回の壁外調査で最前線で巨人討伐に当たるんだよね?」
「…なんで僕らがそんな…」
「うぉぉっしゃー!!ついにこの日が来た!来たんだ!」
「…ドニー、あんたバカなの?」

三人の中で唯一の女性であるオリヴィアが、青ざめた表情でドニーを見つめる。前回の壁外調査で自分たちの上官であったクリストフを失い、どこかの隊に異動になるんだろうなとは思っていたがまさかあのリヴァイの下に付くことになるとは想像の範囲外だった。

引き抜かれたわけでもなく、目立つような討伐数を上げているわけでもない自分たちがなぜ人類最強の元に行かなければならないんだと絶望に似た感情が押し寄せる。光栄なことと言えばそうなのだが、今回リヴァイ班は最前線で巨人討伐に当たる予定なのを知っているから尚更死の危険を感じた。

「…こんな事なら前回壁外調査でケガでもしとくんだった」
「ヘイズ、あんたは弱気すぎ…私だって嫌だけどさ」
「オリヴィアはいいよ…僕はリヴァイ兵長が苦手なんだっ」
「だらしないぞー!二人とも!こんなに光栄な事はない!」
「あんたは脳内まで筋肉だからね。一生やってなさい」

やれやれと呆れながらに溜息をついたオリヴィア。筋肉バカのドニーはそのままに、ガタガタと怯えているヘイズの肩に手を置くと「大丈夫だって」と声をかけた。しかしこれから2ヶ月間、リヴァイの元で待っている地獄の日々を思うとそう楽観的にもいられなかった。

「とりあえずあんたたち、挨拶に行こう」



クロエと二人で過ごした半年間。
結論から言うと悪くない。その一言に尽きる。

『リヴァイ兵長』
「なんだ」
『もうすぐいらっしゃいますね』
「ああ?」
『ドニーさんに、ヘイズさんに、オリヴィアさん。昨日楽しみで眠れませんでした』
「…仲良しごっこじゃねぇんだぞ」
『分かってます。でも、なんか嬉しくて』
「嬉しい?」
『はい。お互いに命を預け合える仲間がいるって思うと』
「………」

ハタキを片手に本棚を掃除しているクロエが本当に嬉しそうに笑うものだから、まだ仲間の死を知らないその純粋さに胸がちくりと痛んだ。前回の壁外調査でミケの班は死亡者を出していない。本人も初陣で、巨人討伐に手一杯だった為か死者の数を把握できていない様だったし、直面する機会がなかったと言っていた。

「…クロエ、あまり期待はするなよ」
『え?なんですか?』
「だから…」


ーコンコンッ

リヴァイの言葉を遮るようにして響いたノック音に、クロエが嬉しそうにリヴァイを見つめる。呆れながらに開けろと言うと、ドアに駆け寄りノブを回した。

「失礼します!本日付でこちらの班に異動となりました、オリヴィア・ストロングス、ヘイズ・マック、ドニー・ワーカー以上三名!リヴァイ兵長にご挨拶に参りました!……ん?」
『……あ』
「入れ」
「は、はっ!失礼します!」

ハタキを片手に自分を見上げて来る可愛らしい女性に気づくとオリヴィアはこれが例の…と内心呟きリヴァイの言葉に足を進めた。その後にヘイズ、ドニーと続いたのだが最後に入って来たドニーは自分よりも遥かに小さいクロエと視線が合うと体中に衝撃が走る感覚に襲われた。

『あの、どうぞ…』
「(天使だっ。)…新兵か?」
『は、はいっ。よろしくお願いしますっ…』
「(間違いなく天使だっ。)」
『…あの、ドニーさん?中にどうぞ』
「(もうオレの名をっ!…好きだ!)ああ、すまない」

ガチャリと閉められた扉の音が響き執務用の椅子に座っていたリヴァイがソファに移動して来ると、クロエは用意していたポットからお湯を入れ紅茶の入ったカップをそれぞれの前に並べていった。それから三人に向かって一礼すると、リヴァイが座るソファの後ろに立ち姿勢を正す。

「まあ、お前らも急な異動で戸惑っているとは思うが…。オレの下に付いたからにはここでのルールに従ってもらう。クロエ」
『はいっ…』

足を組み背もたれに片腕を乗せ、とてつもない目つきの悪さで自分たちを見つめて来るリヴァイに恐怖を感じるオリヴィアとヘイズ。ドニーに至ってはこの日が来ることを待ち望んでいたらしく、目を輝かせリヴァイに熱い視線を送っていた。
名前を呼ばれたクロエは持っていた書類を取り出し、はっきりとした口調でそれを読み上げる。

『リヴァイ兵長の執務室では清潔を常に心がけてください。入室前には必ず靴の泥を落とし、服の汚れ、埃を払うこと。汚れを見つけたらすぐに掃除をして下さい。ハンカチは常備でお願いします』
「悪くねぇ」
『ありがとうございます』
「ここは清潔第一だ。肝に銘じとけ」
「「………」」
「はいっす!!!」

噂には聞いていたし、巨人を討伐した際には返り血を拭き取っている姿を何度か目にしたことはあった。だがまさかここまで極度の潔癖症だったとはつゆ知らず、その見た目と実績とのギャップに青ざめるしかないオリヴィアとヘイズ。約一名ドニーだけは崇拝するリヴァイの言葉に軽快な返事を返していた。

「それと紹介するが、オレの部下のクロエだ」
『クロエ・グレースですっ。至らない点ばかりですが、よろしくお願いします』

緊張しながらぺこりと頭を下げたクロエを見つめる三人。綺麗なロイヤルブルーの瞳にアッシュブラウンの柔らかな髪、自分たちの知る彼女の兄にそっくりだと思いどこか親近感が湧いた。

「…似てると思った。グレースって君…エクトル分隊長の妹さんだよね?」
『え…?』
「ば、ばかっ!ヘイズッ…!兵長の前だぞ!」
「!!!…す、すみません兵長っ!!」
「(クロエと言うのか、なんて可愛い名前だ)」

悪魔のような目つき(そう見えるだけ)でヘイズを見つめるリヴァイに、身を縮めて肩を震わせる。隊内でもリヴァイの前でエクトルの話はタブーとされているにも関わらず、クロエの姿に思わず口を突いて出てしまった。どんな仕打ちを喰らうのかと怯えていると、リヴァイは独特な持ち方でカップを掴み紅茶を一口飲んでから「構わん」と意外な言葉を口にした。

『(兵長は兄さんと親しかったのかな?)』
「クロエは新兵だがここに来て半年以上経つ。隊内での規律やルールはお前らが教えてやれ。だがここでのやり方はコイツに従え。分かったな?」
「「はっ!」」
「(絶対に従うっ!)了解です!」
「掃除が終わり次第お前らの実力を見る。クロエ、案内しとけ」
『は、はい。兵長はどちらに?』

飲み終えたカップを置いて立ち上がると、振り返る事なく「野暮用だ」と言い部屋を出て行った。

『……?』



(多くの命を背負うその背中はあまりにも小さい)


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