ここに来て半年以上が経った。リヴァイ班への異動が決まったあの日から、めまぐるしい毎日が続き誰かに兄であるエクトルの話を聞くタイミングを逃していたような気がする。聞く勇気がないと言うのもあるし、兄の死と再び直面した時の悲しみと向き合うのが怖い。

どこの隊に配属されていたんだろうとか、誰と親しかったのだろうとか、生前はどんな風に活躍していたんだろうとか。聞いてみたいことは山ほどあるのだが…。やはり勇気が出なかった。

「クロエ・グレース…、だっけか?」
『あ、はいっ。えっと…』
「オリヴィア・ストロングスよ。よろしく」
『オリヴィアさん、よろしくお願いします』

リヴァイが部屋を後にしてから四人での清掃が始まり窓拭きしながら考え事をしていると、不意に声をかけられ振り向けば三人の中で唯一の女性であったオリヴィアがいた。握手しながら簡単な挨拶を済ませる。気が強そうな顔立ちではあるが口調は穏やか。いい人そうで良かったと内心安堵する。

「あっちの細いのがヘイズで、デカイのがドニー。ヘイズは兵長が苦手でビクビクしてるけど頭はいいの。ドニーは腕は立つけど筋肉バカ。で、私が二人のまとめ役って感じ」
『お二人も、よろしくお願いしますっ』
「うん。よろしくねクロエ」
「(ぜひお近づきになりたい!)ああ!よろしくな!」

ぺこりと軽く頭を下げるとヘイズとドニーは笑顔で返事を返してくれた。

「あんた、ここに来てどれくらい経つの?」
『リヴァイ兵長の部下になってからは、半年くらいです』
「うへっ、まじ!?よくもってるわね…」
『…あはは』
「私らも急な異動で正直参ってるんだけど…リヴァイ兵長ってどんな感じ?やっぱ怖いの?」

私らには縁遠い人だったからさ、と付け足すオリヴィアは苦い表情を浮かべていた。無理もない、自分もリヴァイの元へ行くように言われた時には絶望しか感じていなかったのだから。クロエが苦笑いを浮かべながら『はい。怖いです』と答えると、ヘイズとオリヴィアの表情がさらに引きつった。

「あの威厳があるからこそ兵長は兵長なのだ!」
「あんたは黙ってなさいよ、筋肉バカ」
「おい、クロエが勘違いをするような発言は控えろオリヴィア。オレは断じてバカじゃない」
『……』
「あんたはバカよドニー。自覚しなさい」
「なにをっ!?」
「ああもう二人ともっ、早く掃除終わらせなきゃ!」

オリヴィアに突っかかるドニーに反発するオリヴィア、それを止めるヘイズ。仲のいい三人にしかできないやり取りに、クロエは心の中で羨ましいとさえ思えた。気を使うでもなく、なんでも言い合える仲間という存在が。

『あ、あのっ…』
「ん?どうしたのクロエ」

胸ぐらを掴み合っているドニーとオリヴィアを前にあたふたしていたヘイズが振り返り首を傾げる。

『そろそろ訓練場に行かないと、リヴァイ兵長に怒られます』
「「!!!!」」
「やった!ついにオレの実力を見てもらえる!」

そのあと片付けを済ませてから、四人は猛ダッシュで訓練場へ向かった。



「なぁ、リヴァイ 」
「ああ?」
「オレの妹がさ」
「またその話か」
「調査兵団に入りたいって、手紙寄越した」
「……物好きだな」
「一緒に阻止してくれない?」
「断る。面倒くせぇよ」



暑くもなく寒くもない丁度いい春風が、リヴァイの黒髪を撫で吹き抜けて行く。訓練場から少し離れた丘の上に設けられた墓石を前に、リヴァイいつもと変わらない無表情を浮かべていた。ここに来るたび思うのは、自分の弱さと不甲斐なさ、そして仲間を信じるという行動への疑問。なぜあの時…そればかりが堂々巡りしている思考を払拭するべく、勝手に死んでしまった悪友に対し舌打ちをした。

「オイ…シスコン野郎」

もちろん返事はない。

「お前が早死にしたせいで、バカな妹の面倒をオレが見ないといけなくなった」

いつも口癖のように言っていた。仮にもし自分が巨人に喰われたら、妹をよろしく頼むって。あの時は半分流して聞いていたけど、今ならなぜエクトルが自分だけにそれを言って来ていたのか理解できた。

「面倒くせぇこと押し付けやがって…」

立体起動装置を使い飛び回るクロエの姿を初めてこの目にした時は、心底兄に似ていると思った。細かい切り替え方から剣の扱い方、エクトルを知る自分にしか分からないような癖までも、何もかもが同じだった。
いつだったか、夜な夜な立体起動装置を持ち出してはどこかに出かけているのは知っていたが、まさか入団を阻止したいと言っていたエクトル自らがクロエに使い方を教えていたとは思わなかった。

「…オレが死んだら覚えとけよ、クソ野郎」

そう言い残し墓石の前に置いた花は、エクトルの瞳と同じロイヤルブルーに色めく綺麗なものだった。


彼がしたもの
(お前が死んだ今でも、近くにいるようで鬱陶しい)


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