「う、うぐ……」
「はあ、はあ…」
「おい、どうしたお前たち!」

ヘイズとオリヴィアが息を荒げ膝に手をつきへばっていると、ドニーが何食わぬ顔で駆け寄り声をかける。二人は訓練開始から二時間でこの様子だが、ドニーはその体格に見合う体力をしっかりと持っているようだ。アンカーを外しワイヤーを巻き上げて三人の前に着地したリヴァイは、その様子を見て「情けねぇな」と冷たい眼差しを送った。

「(き、きつすぎるっ…何なのこの人っ)」
「(僕より小柄なのにっ…全然息上がってない…)」
「鍛え方が足りないんだお前らは」
「うるさいドニーッ…はぁっ…あんたと一緒にしないで」
「そ、そう言えば…クロエは?」

ヘイズが思い出したかのように顔を上げれば明後日の方向に視線を向けているリヴァイがいて、すぐ近くでガスの吹き出す音が響いたかと思えば空中で体勢を整えるためバク宙したクロエが綺麗に地面へと着地した。その表情はリヴァイ同様涼しげで、このスパルタになぜついて行けるのかが疑問で仕方なかった。

「オイ、着地する時はもっと低い位置でしろ。高すぎて足を挫くぞ。お前の悪い癖だ、直せ」
『は、はい…』
「それから、ヘイズとオリヴィア」
「「は、はいっ…」」
「無駄な動きが多い上に体力がなさすぎる。走れ」
「へっ?」
「い、今すぐに…ですかっ!?」
「何か問題があるか?」

間の抜けた声で顔を上げたヘイズに、息切れしながらそう問いかけるオリヴィア。そんな二人を容赦なく見下ろし鋭い眼光を向ければ、見事な返事と敬礼をしよろよろと覚束ない足取りで走り出した。

「お前は…」
「うっす!!」
「…特にない。励め」
「リヴァイ兵長っ!!!はいっス!!!」

リヴァイの目つきの悪さも何のその。嬉しそうに駆け出し立体起動装置で森の中に消えて行ったドニーを見送り、クロエはこんな風に同じ上官のもとで切磋琢磨し合うのは久しぶりな気がして小さく微笑んだ。

「暑苦しい奴だな…」
『兵長が冷たすぎるんです』
「ああ?お前にはいつも優しいだろうが」
『はい?なんでそうゆう嘘つくんですか』
「クロエよ」
『な、なんですか…』
「オレは10数えたらお前を追う。死にたくなければ逃げ切ってみろ」
『いっ…!』

リヴァイの言葉に慌ててアンカーを木に打ち込むと、逃げるように地面を蹴り高々と宙へと舞い上がった。



「あ"〜〜っ…もうダメっ…一歩も走れないっ」
「はぁ、はぁっ…」
「鍛え方が足りないんだお前たちは!」
『オリヴィアさん、ヘイズさん、ドニーさん!』

息を上げその場にぐったりと座り込むオリヴィアとヘイズ。あれから二時間は走らされ、もう無理だと思っていた矢先にリヴァイから休憩だと声がかかった。自分たちを追い込んだのは間違いなくリヴァイなのだが、その言葉が神の一声に感じ一瞬だがいい人に見えてしまった。

『お疲れ様ですっ。はい、お水どうぞ』
「あ、ありがとクロエ」
「君は平気そうですごいな〜…っ」
「(か、か、かわいいっ!!天使だっ!)すまない」
『あははっ…。今日は一段とスパルタです兵長』

苦笑いを浮かべながら水の入った水筒を三人に手渡すクロエ。若干一名、ドニーだけが顔を赤くして平静を装いながらそれを受け取った。いつもは一人で休憩を取るか、リヴァイと他愛もない話をするかのどちらか。こうして仲間と一緒にああでもない、こうでもないと話をしながら過ごせる休憩が楽しいと素直にそう思った。

「あ、あんたがリヴァイ兵長に引き抜かれたって言うのもっ…納得がいくわ」
「き、気がきくしな!(水がうまいぞクロエ!)」
『そんな事ないですっ』
「僕…兵長について行けるか不安しかないっ…」
『だ、大丈夫ですよ!みなさんここまで生き残った精鋭じゃないですかっ。一緒に頑張りましょう!』
「(女神かっっ!)おう!頑張ろうな!」


そんな様子を少し離れた場所から見つめるリヴァイ。今はまだ、楽しそうに笑顔を浮かべているクロエに少しばかり胸が痛んだ。結果がどうなるかなんて、どこの誰にも分かりはしない。けれど、仲間を失うという辛さに直面した時あの笑顔がどう悲しみに沈んでしまうのだろうかと思わずにはいられなくて。

調査兵団を志願した時点で仲間の死を覚悟していないわけではないだろうが、気持ちの上での覚悟と経験は全く別物。いくら覚悟をしようとも、仲間の死はやはり辛い。それが深い絆で結ばれるようになっている関係なら尚更だ。イザベルにファーラン、そしてエクトル。自分の周りにいたそうゆう絆を持った仲間はみな死んでいった。
そしてまた…自分の目の前に現れてしまったその特別に、リヴァイは小さくため息を吐く。

『兵長、眉間のシワが凄いです…』
「……ああ?」

珍しく感傷に浸っていたせいか、いつの間にか隣にいたクロエの存在に気づくのが遅れ割とすぐ近くにいて少しだけ驚いた。

「なんだ」
『あ、いや…お水を』
「貰おう」
『…聞いてもいいですか?』
「ああ?」
『リヴァイ兵長って、普段どんな事考えてるんですか?』

自分に対して興味を示す人間が居たことに驚き、じーっと自分を見つめてくるクロエから視線を逸らした。まあいつもこの世界を恨んでるような表情ばかりしているから、読みにくいと言えばそうなのだろう。

「…知りたいか」
『え…知りたいですっ…』
「いいだろう、教えてやる」
『ゴクリっ…』
「オレは常に」
『つ、常に…?』

ああ、なんてバカな奴なんだろうと心底思った。

「どうしたら全ての汚れを排除できるかを考えてる」
『…………』
「雑巾の使い道とかな。可能性を探っているとこだ」
『………リヴァイ兵長は、脳内まで清潔ですね』
「お前ほどじゃねぇよ」
『ひどいです』

言いながら瞳を伏せ、小さく笑ったリヴァイをクロエは見逃さなかった。普段から何を考えているのか読みにくい人物だが、そんな彼を見ていて時々思うことがある。神経質で粗暴で他を寄せ付けないリヴァイだが、兵士長として背負っているものは自分のようなちっぽけな人間では到底抱え込むことすらできない代物なんだろうなと。

『あの、リヴァイ兵長』
「なんだ」
『…私でよければ、いつでも話して下さい』
「……」
『兵長にいいアドバイスなんてできないですけどっ、聞くくらいは…できると思うので』

それくらいしかできなくてすみませんと苦笑いを浮かべてそう言ったクロエに、成長という頼もしさを感じた。そして…。

『ああああと、すみませんっ……』
「なんだ」
『そ、そそその水筒…私のです』
「……!」
『ど、どうしよっ…兵長すみませんっ。今ハンカチをっ』
「いやいい」
『…え……え??でも、それ私っ…口付けて…』
「構わねぇよ…」


大切な
(ああ、やっぱり洗ってくるか…汚ねぇしな)
(ひどっ!酷すぎます兵長!!)
(…冗談だ)


*前 次#


○Top