「リーヴァーイー!!」
『…?』
「…うるせぇのが来やがった」

昼下がり。エルヴィンの使いで外出していたリヴァイとクロエが調査兵団に戻り執務室へと続く通路を歩いていると、ハンジがリヴァイを呼ぶ声が響き自然と歩みを止め鬱陶しそうな表情を浮かべた。そんな人類最強とは対照的に、クロエは嬉しそうな顔でハンジの登場を喜んでいる。

『ハンジさんっ!』
「やあ、クロエ。お帰り」
「なんか用か」

自分より遥かに小さいクロエの頭をよしよしと撫でてやれば、嬉しそうにふわりと笑うものだから日々の疲れが吹き飛んだ様な気がした。しかしその隣ではリヴァイが心底不機嫌な表情を浮かべているのがお決まりなのだ。

「うん、相談があってきたんだ」
「嫌な予感しかしねぇな」
『何ですか?』
「私は今、巨人について研究しててとても忙しい」
「お前はそれしかやってねぇだろうが」

ちっと舌打ちをしてハンジを睨む。

「で、今優秀なモブリットが休暇中なんだ」
「オイ…」
「だからねリヴァイ。助けると思ってクロエをっ」
「断る」
「えぇえっ!まだ最後まで言ってないじゃん!」
「何となく予想はしていたが、ダメだ」

腕を組み眉間にしわを寄せ、ハンジが喋り終える前に言葉を遮ったリヴァイにクロエが苦笑いを浮かべる。そう言えばいつも的確なツッコミを入れてくれるハンジのストッパーモブリットが居ないと思ったら、彼は今休暇中らしい。

「少し!一時間、いや二時間だけでもっ!」
「ダメだ」
『あの兵長、私…』
「ダメだ」
「ケチ!!クロエを一人占めすんな!」
「オレが引き抜いた部下だ」
「私の方が懐かれてるけどねっ」
「…ああ?」
「ねー、クロエ」
『えっ?あの、ハンジさんの事は大好きですが』
「ほらみろっ。リヴァイのばーか」
「黙れクソメガネ」

いつもの様に始まった罵り合い。他人を罵ることに関して言えばリヴァイは天才に近い。普段から口癖のように言っているクソだの、死ねだの、殺すなどは彼の中では挨拶がわりと言っても過言ではない。もうそれはそれは口が悪い。言葉で人を殺せそうなくらいだ。

「あんまり囲ってると嫌われるぞっ」
「囲ってねぇよ、アホかてめぇは」
「自覚なしとは痛いね。痛すぎる」
「その脳内よりマシだと思うけどな」
「うっさいアラサー兵長、やーいっ」
「てめぇも変わらねぇだろうが」
『え…っ』

目の前で言い合っている姿にやっぱり仲良いなあなんて思いつつ、終わるのを待っているとハンジの口から衝撃的な事実が明かされ思わず驚きが口に出てしまった。見た目から察するに自分より1つか2つ、まあそんなに離れた歳ではないだろうなと思っていた。自分よりは身長はあるがハンジのように見上げるほどではなくて、小柄だったせいか勘違いをしていたようだ。

『リヴァイ兵長って…結構あの…』
「ああ?」
「そうだよクロエ!小さくて錯覚するでしょ?」
『すいません。いろんな意味で大先輩なのに…今まで生意気なことを言いすぎました』
「オイ…なに少し笑ってんだ」
『わ、私てっきり…ふふ』
「四捨五入するといいお年だからっ。労って、クロエ。ふふっ」
『ぷっ。…はい、了解ですハンジさんっ』
「よほど死にたがりらしいなてめぇらは」

ハンジがそばにいるからと少しだけ調子に乗ると、リヴァイの持っていた集めのファイルで頭を叩かれ怒られてしまった。なぜ自分だけが…と後悔しているとリヴァイに手首を掴まれ強制的に連れて行かれる。「ちょっとー!」と不服そうな表情を浮かべているハンジが遠のいて行き、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「全くもう。…意外と肌身離さずなタイプなんだから」



エルヴィンへの報告を済ませて執務室に戻ると、そこにオリヴィアたち三人の姿はなくどこに行ってしまったんだろうと首を傾げた。

『兵長、オリヴィアさんたちは…』
「訓練だ。あのままじゃ壁外で死んじまうからな」
『…私も行った方がいいですよね?』
「お前は陣形と作戦内容を頭に叩き込め。まだ理解できてねぇだろ」
『うっ……』

図星を突かれ言葉を詰まらせたクロエの素直な反応に世話が焼けると感じつつも、やはり自分は上に立つ人間の気質なのか嫌な気はせず手をかけてやらねばと思ってしまう。

「説明してやるから座れ」
『え、いいんですかっ?』
「いいも何も、読んでも分からねぇんだろ?」
『…はい』
「なら座れ」

訓練兵だった時の成績を見る限りでは、立体起動はトップクラス。座学は平凡並み。兄のエクトルの方がまだできは良かった覚えがある。よくルールを逸脱する奴ではあったが。

『兵長は頭もいいんですね』
「普通だ。お前がバカなんだろ」
『酷くないですか?』

ソファに座るクロエの隣に腰を下ろすと、陣形の記載されている用紙を机の上に広げてある一ヶ所を指差した。そこは前回の壁外調査の時よりもかなり前線、初列を指している。

「今回のオレたちの配置はここだ」
『…初列…索敵班』
「そうだ。エルヴィンが考案したこの陣形はなるべく巨人を避けながら前進していくものだが、初列索敵班は一番巨人と遭遇する確率が高い」
『…はい』

初列索敵班は最前線で一番危険を伴う配置だと前回ネス班長が言っていたのを思い出す。巨人を見つけたら赤い煙弾などを撃つのが役割で、もちろん戦闘になることもあると。補佐、討伐、伝令役をこなさないといけないため二人組以上で行動することが多いのだとか。前回の初陣は入団直後だった為あまり細かい説明を頭に叩き込んでおく余裕がなく、ミケの言う通りに行動していた。

もちろん巨人との戦闘はあったが、周りに頼りっぱなしだった後列でのそれと責任重大な初列での戦闘は全く別物なんだろうなと今から不安になる。

「中には奇行種なんかもいるが、そうゆう奴との戦闘は必須になる。行動が予測できない上に周りに障害物がなけりゃ平地での戦いだ。…お前、前回経験してみてどうだった」
『えっと…あまり、よく覚えてないです。無我夢中だったので…』
「…まあそうだろうな」

隣に座るクロエに視線を向ければ不安そうな表情を浮かべていて、当然の反応だと思った。

「初陣で小便ちびらなかっただけ大したもんだ」
『え、リヴァイ兵長は漏らしたんですか?』
「ああ?なわけねぇだろ」
『ですよね…。すみません』

苦笑いを浮かべながら謝ってくるクロエ。よりにもよって2回目の壁外調査でいきなり初列の索敵なんて本当についていない。新兵にはあまりにも荷が重すぎるし、ハンジが知ったらエルヴィンに抗議でもしそうなくらいの勢いだ。

「それぞれの役割はもう少し適性を確認してから各々に伝える。それと…」
『あの、リヴァイ兵長』
「…なんだ」
『ほ、本当に今回私が兵長の班で大丈夫なんでしょうかっ。…光栄な事ではあるんですけど、新兵の私が初列の索敵なんて…足手まといにしかならない気がして…』

瞳を伏せて膝の上で拳を握りしめているクロエ。彼女の不安はよく分かる。同期で調査兵団を志願した新兵たちは皆後列で物資の運搬や荷馬車の護衛に着くのだから。いくらリヴァイに選ばれ引き抜かれたと言っても自信を失うのも無理はない。
そんなクロエを前に突き放す様な言葉は流石に出ず、後頭部に手を回し無理矢理視線を合わせるとその行動に驚き見開かれた大きな瞳に自分が映った。

「クロエ」
『は、はいっ…(近いっ)』
「お前はオレの選んだ優秀な部下だ」
『……』
「つまらねぇ事を考えるな。自信を持て」
『兵長っ…』
「それに…」
『はい』
「…死なせねぇよ」

あの日、あの瞬間。

「妹の事。…頼んだ」


死なないと思い込んでいたバカな兄貴が残した唯一の遺言が、クロエを守れと訴えかけて来る様で、失うな、死なせるなと煩くて仕方がないのだ。

『…兵長…?』

初めは友の遺言でそうするべきだと思った。亡き友に代わって、気にかけてやるべきだと。だがクロエを部下にしたあの日から何かが変わってしまったようで、この感情が何なのか自分でも今だによく分からない。だから、抱いてはいけない邪魔な感情だと片付けることにした。今は、まだ。

「お前一人くらい…オレが必ず守ってやる」



(ちょっ…!兵長とクロエがいい感じで入れない!)
(嘘!!あの兵長がっ!?僕も見たいっ)
(なんだとっっっ!!(オレのクロエが!))


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