あまり陽を浴びていない清らかな白い肌。それに映える大きなロイヤルブルーの瞳。柔らかなアッシュブラウンの髪を手に取れば、ふわりと手から落ちていく。身長は155pと小柄で、男のクセして小さいリヴァイといい勝負。人当たりも良いし、こんな殺伐とした兵団に属しているというのに笑顔を絶やさない彼女、クロエ・グレース。

初めて会った時から不思議と魅力溢れる少女だったが、まさかここまで自分を魅了してくるとは思わなかった。暇さえあればクロエを訪ねてミケに嫌な顔をされていた。彼の元にいた期間はとてつもなく短いが、きっと寂しいはずだ。寡黙な彼だがクロエのことを気に入っている様だったから。

そんな彼女の異動が決まったのは今から3日前のこと。エルヴィンの部屋の前で何やら浮かない顔をしていたクロエに声をかけてそれを知った。以前から是非自分の隊に欲しいと訴えかけていたから期待したのだが、返って来た返事はその期待を大きく裏切るものだった。

「ちょっと!失礼するよ!」
「………」

異議申し立ては得意だ。ノックも無しにバンッ!と勢いよく扉を開けると目当ての人物はいつもの椅子に座り、心底不機嫌な表情を浮かべたままハンジを睨みつけていた。しかしそんなものに怖気付く彼女ではなく、図々しく部屋の中へと入って来るその行動にリヴァイの眉間のシワがさらに濃くなった。

「オイ…てめぇは部屋の入り方すら知らねぇのか」
「どうゆう事か説明してもらうよ、リヴァイ」
「ああ?」

書類整理をしていた手を完全に止めて目の前のソファに許可なく座り込んだハンジを見ると、不機嫌丸出しな表情。それに関して言えばリヴァイも負けてはいないが。掃除の行き届いた部屋にハンジが入って来た事でまた汚れると舌打ちをした彼が潔癖症だと言うのは兵団の中で有名な話だ。

「話の要点が見えねぇ」
「私の可愛いクロエの事だよ!」
「は?」
「は?じゃなくてさぁ!クロエが可哀想だろう?」
「そりゃあどうゆう意味だハンジ」

完全に仕事を中断し椅子の背もたれに寄りかかる。自分が周りからどう思われてるかなんて究極にどうでもいい事だが、兵士として自分の下に付く新兵は可哀想だと言われるのは心外だ。彼のことをよく知るハンジだからこその発言だが、これから調査兵団に入団して来る新兵たちのほとんどがリヴァイに羨望の眼差しを向け人類最強の元に配属されたいと思っているのだ。

そして今回、特例の引き抜きがあった新兵のクロエ・グレースが一度の壁外調査の実績を買われリヴァイの下に付くことになった。先日失ったばかりの部下の穴埋めも兼ねているのだが、エルヴィンの決定にハンジが異議を唱えて来るとは思ってもみなかった。

「だってそうだろう?君、目つきが悪いし…」
「生まれつきだ」
「怖いもの」
「オレにはお前の奇行の方が理解不能だがな」
「クロエが可哀想だ」
「オイ…もう一度それを言ったら削ぎ落とすぞ」

おまけに口も悪いしと呆れながらに言ったハンジ。それに関しては否定はしないし、気にはしない。ただ態度に苛立ちを感じたが。リヴァイは先日渡されたエルヴィンからの書類を1枚手に取り、そこに写るクロエの詳細を眺める。地下街で生活していた頃からの友であり、戦友であった兄とよく似ている目元に少しだけ懐かしさを覚える。

「どうしてクロエを選んだの?」
「…何のことだ」
「はぐらかすなよ〜、私には分かってるよ?」

クロエが訓練兵の時から彼女の実力を買い、気にかけていたことくらいね。
そう言ったハンジの勘の鋭さと言うか、バカなのにそうではない洞察力とかいうやつに舌打ちをした。

「すぐに使える奴が欲しかった。それだけだ」
「へぇ〜…使える奴ならいくらでもいると思うけどなぁ。あえて新兵であるクロエを選ばなくても」

じと〜と怪しげな瞳で詮索して来るハンジの鬱陶しさは一体どこから来ているのだろう。だが次の瞬間には今までのふざけた雰囲気が消えて無くなり、ハンジは瞳を伏せてため息をついた。

「エクトルのこと…まだ気にして…」
「止めろハンジ」
「すまない…でももし君が彼の死を償おうとしてクロエを気にかけているのなら、それは違うと…そう言いたかった」
「……お前は」
「え?」
「お前はオレが、そんなに情に熱い男に見えるのか?」

リヴァイの動揺のない眼差しに、ハンジは少しだけ苦い顔をして微笑んだ。本当は知っている。残忍で冷酷な彼が、誰よりも仲間を大事にしていると言うことくらい。幾人もの屍を越え歩む茨の道は、死よりもその身に深い闇を背負わせる。

「君が情に熱い男でないとすると…そうだな。ただクロエを個人的に気に入った。と言うことにしておく」
「…ちょっと待て、語弊と勘違いにまみれてるぞ」
「だって引き抜きを提案したのもリヴァイだろ?」
「あれを生温い訓令兵にしておく必要がなかったからだ」
「またまた〜、素直じゃないんだから」

リヴァイが瞳を伏せこめかみに青筋を立てた頃、異動の挨拶をしようと青ざめた表情でこの部屋に向かっていたクロエはぴたりと足を止めた。
何故なら…。

「ぎゃぁぁぁああ!!」

兵士長様の部屋から、ハンジの悲鳴が聞こえたからである。


異動先の
(挨拶に行くの嫌だぁぁぁ…っ!)


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