クロエの兄であったエクトル・グレースは、訓練兵を3番目という好成績で卒業したにも関わらず命の保証が約束された内地での生活を選ばず自らの命を捧げる「調査兵団」へと入団を決めた。同じ同期たちからはあいつは変わり者だからと噂されていたようだったが、本人曰くそんなことはどうでもよかったらしい。
入団後はすぐにその才覚を表し、幾度となく壁外調査から帰還していた。立体起動の腕前はリヴァイ、ミケに次ぐ実力の持ち主で、又その明るく気さくな性格も手伝ってか周りからの信頼も厚かった。
「私の巨人研究の話にも、よく耳を傾けてくれてね…」
「仕方なしにだがな」
「そんなハズはないよ、聞きたそうにしてたし」
「いや。よく話が長いと愚痴ってたぞ」
『…はは』
調査兵団に入ったからにはいつエクトルが死んでもおかしくない。幼いながらに兄の隣にある死というものを感じ取っていた気がする。それでも毎回多くの犠牲者が出る中で、エクトルは必ず帰って来てくれた。いつも通りの笑顔を浮かべて。
だからあの日も自分に都合のいいようにエクトルは死なない、大丈夫だと思い込んでいたんだ。また、何食わぬ顔で帰って来て巨人の話を少しして、仲間の話をしてくれるんだと。
けれどあの日。帰って来たのはいつもの笑顔を浮かべた兄ではなく、白い布に包まれた兄の右腕だけだった。その瞬間、頭の中が真っ白になって目に映る全ての物が違って見えて、自分が兄の仇を取らなくちゃいけないという使命感に襲われたのを今でも鮮明に覚えている。幼すぎて曖昧なまま受け入れるしかなかったエクトルの死が、時間が経つにつれて次第に鮮明に色濃く心に傷を残していった。死というものが一体どうゆうことなのか、理解できるようになったからだ。
だからこそエクトルの最後を知るであろう兵団の誰かから話を聞くのが怖かった。兄の仇を一体でも多く殲滅してやると強く思い、ようやく巨人を目の当たりにした時身体中を駆け巡ったのは恐怖だけ。あんな怪物に食われてしまった兄の最後の姿を辿るなんて、ただ胸が苦しくなるだけだと決めつけていた。だから聞くのが怖かった。
けれど、今こうしてハンジたちの話を聞いていると悲しい事だけではないという事が分かる。
「ねぇ、リヴァイ」
「ああ?」
「クロエには話してあげてもいいよね?身内なんだ」
「…………」
『??』
不意にハンジの表情が真剣な物になり、何かの同意をリヴァイに求める。穏やかだった雰囲気が少しだけ緊張感を含みクロエはハンジの言葉に首を傾げた。
「…お前は聞きたいのか、クロエ」
『何を…ですか?』
嫌な予感にとくんと心臓が跳ねる。少しだけ。ほんの少しだけ悲しみを含んだリヴァイの視線に胸を締め付けられるような気がした。
「…兄貴の最後を知りたいのかと聞いてんだ」
『え…』
「リヴァイっ。言い方ってもんがあるでしょっ…」
「回りくどい言い回しをしたところで、こいつの知る事実は変わらねぇだろ」
「そうだとしてもだよっ。全く…」
やれやれと呆れるハンジに表情一つ変えることのないリヴァイ。目の前には突然のことに困惑しているクロエがいて、短い沈黙が流れる。いつかは聞こうと思っていたし、知っておくべきことなんだと理解はしていた。それがまさか今日こんな形で訪れるとは思っていなかったけれど、ここで機会を逃してしまったらもう聞けない気がしてクロエは俯かせていた顔を上げリヴァイを見つめた。
『はい、知りたいです』
「…クロエ」
「そうか…。ハンジ」
「ん?」
「お前から話してやれ。オレは仕事に戻る」
「え、私からでいいのっ?」
「あの場に居たんだから説明くらいできんだろ」
「…それは、そうだけどさ」
ベッドから立ち上がったリヴァイはハンジの返事を聞くことなく扉の前まで歩み寄り、ドアノブに手をかける。
「…お前が話を聞いてどう思おうが勝手だがなクロエ」
『…は、はい』
「間違っても、死に方まで兄貴を追うなよ」
『……え…?』
悲しそうに視線を伏せたリヴァイに驚き、クロエは少しだけ目を見開いた。その言葉が意味するところが分からなくて、リヴァイが何を伝えたいのかが理解できなくて、去っていく小さな背中を見送ることしかできなかった。
命の最後を知る覚悟
(全てを知った時、お前はオレを軽蔑するのだろうか)
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