「こんな言い方は、あまり良くないんだけど…」
『はい』
「壁外調査で巨人に食われて命を落とすっていう事自体、私たち調査兵からすると不思議なことではないんだよ。…それこそ今まで数多くの犠牲者を出しているわけだから」
『…兄の死が特別でないという事は、理解してます』
「…そう。物分りがよくて助かるよ」

表情を歪めたまま困ったように笑うハンジに、クロエはいえ…と軽く俯いた。リヴァイの居なくなった部屋からは少しだけ緊張感が消えていて、話をしてくれるのがハンジでよかったと安心はできた。だがいろいろと疑問が多いのも確かで、モヤモヤした思いが胸の中でつかえている。

「あの日、私たち調査兵団はいつも通り準備を整え壁外調査に向かったんだ。よく晴れた、とてもいい天気だった事を覚えてるよ」

当時エクトルはその実力から第二分隊長を務めていて、5人の部下を従わせていた。壁外調査を何度か経験し、巨人との戦闘にも慣れているそれなりに腕の立つ5人だったと言う。その日第二分隊は、右翼側・初列索敵を担っていたリヴァイ班を支援する索敵支援の任に就いていた。
この配置は何度か試みたことがあったし、壁を出てしばらくは順調だった。もちろん数体の巨人に遭遇する事はあったが初列にリヴァイがいたおかげで索敵もしっかりと機能していたし、巨人による被害も皆無に等しかった。それでもやはり数人の犠牲者は出てしまったけれど。

「エクトルとリヴァイはお互いをよく理解している様だったから、わりと近い場所に配置される事が多かったな」
『さっきから話を聞いていて思ったんですけど』
「ん?」
『皆さんどうして、兵長の前で兄の話をタブー視するんですか?』
「……」
『仲が悪いようには感じないんですが…』

先程もリヴァイに向かって仲が良かったとハンジは言っていたし、今の話を聞く限りではとても仲が悪かったとは想像がつきにくい。クロエはふとした疑問を投げかけたつもりだったのだが、この問いにハンジは思いのほか表情を歪めて俯いてしまった。

「…それを、君に話さなくちゃと…思っていたんだ」
『…ハンジさん?』
「今の話から続けて説明はするけど、何故兵団のみんながリヴァイの前でエクトルの話をタブー視するのかと言うとね…」
『……』

君のお兄さんは、リヴァイを庇って死んだからだよ。



「酷い雨だな…。おい、リヴァイ!」
「ああ?」


ザァァッと周りの物音さえもかき消してしまいそうな強い雨が降りしきる中、徐々に視界も悪くなりリヴァイたちの支援をしていたエクトルが馬を近づけ声をかけた。

「雨で視界が悪いし、もしかしたら取りこぼしがあるかもしれない」
「かもな…。索敵が機能しなくなるのも時間の問題だ」
「ああ。後方部隊が少し気がかりだ…部下を一人連れてここを外れたい。任せていいか?」

エクトルの申し出に視線をずらすと5人の部下は生存している。が、その先の状況は全くと言っていいほど分からず目視できない。リヴァイはすぐ横を走っているエクトルに視線を戻し「いや…」と呟いてから前に向き直り思考を巡らせた。
この最悪の視界の中、エクトルと部下一人を後方部隊の援護に向かわせるべきかどうか判断しかねるのだ。それは、数ヶ月前に命を落としたイザベルとファーランの時と状況が似ていたから。2人よりも戦い慣れしたエクトルの腕を信じられないわけではない、けれど…。

「駄目だ。このまま進む」
「おいリヴァイっ。後方には新兵もいるんだぜ?もしこの霧で巨人を取りこぼしてたらどうすんだっ」
「その為に護衛班を付けてる。下手に動き回って奇行種にでも遭遇したらどうすんだ…てめぇのガスもそう残ってねぇだろ」
「…そりゃお前もだろーが」
「オレたちだって部下を抱えてんだ。今の状態なら…」
「エクトル分隊長ー!!!」
「「??」」

リヴァイの言葉を遮るようにして響いたエクトルの部下の声に、その場にいた全員の視線がその男に集中する。雨でその表情を確認することができず、嫌な予感だけが先行した。

「どうしたっ!」
「今しがた、次列の伝達係から後方部隊より黒い煙弾が打ち上げられたとの情報がっ!!」

ー!!!!

「奇行種ですっ!!!!」

その瞬間、この場にいた全員に衝撃が走り緊張感がピークに達する。エクトルの予想通りこの雨で取りこぼしがあったのだ。しかも運悪くその巨人は奇行種で、エクトルとリヴァイ以外の部下の表情は一瞬で青ざめあまりの衝撃に口を閉ざしてしまった。
リヴァイはどうしてこうも嫌な予感ばかりが的中するんだと舌打ちをすると、馬の手綱を引いて進行方向を変えた。

「エクトル、部下をお前に預ける」
「お前、一人で行く気かリヴァイ!自殺行為だっ」
「被害は最小限にとどめたい。生憎、オレの部下もお前の部下も…今まで奇行種と殺り合ったことがないからな」
「だからって危険すぎるっ。オレも一緒に行く」
「ああ?何言ってんだてめぇは」

真剣な瞳でリヴァイを見つめそう言ったエクトルに、怪訝そうな表情を返す。こうなってしまったら何が何でも譲ろうとはしない性分なのを分かっているから、余計に苛立ちを隠せない。

「ハッズ!この隊の指揮をお前に任せる。引き続き索敵を行いつつ、出来るだけ戦闘を避けながら進め。やむ終えない場合は全員で協力して討伐に当たれ!少しずつ陣形を狭めながら中央部隊と合流して指示を仰げっ」
「オイ、エクトルっ。聞いてんのかっ…」
「オレはリヴァイと共に後方の奇行種の討伐に向かう」
「……ちっ」

淡々とした口調で指示を伝えて行くエクトルは、リヴァイの制止をうまく流し手綱を強く握りしめた。

「いいかお前ら、絶対死ぬんじゃねぇぞっ」
「はっ!!分隊長も、お気をつけて!」
「…よし。行くぞリヴァイ」
「……勝手にしろ」

そう言って勢いよく地面を蹴り出した馬に跨り、リヴァイとエクトルは今まで進んできた道を逆走し始めた。


二つの
(お前がいるから、踏み出せる一歩がある)

※管理人はそこまで巨人に詳しくないので、陣営や配列などに?と感じるかと思われますがご容赦ください。


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