兄の仇を討ちたい一心で巨人と戦うことは決して間違っていないし、それがクロエの力になるなら尚更その想いを貫けばいい。ただ絶対に、兄であるエクトルと同じ行動をとって命を落とすことだけはやめてくれとハンジは言った。兄の様になりたいと思う気持ちはそのままに、生き方や選択はクロエ自身がその都度決めるべきだと。

『……ふぅ』

体調も回復し、話をしてくれたハンジには感謝しつつもいい加減仕事に戻るよう諭した後リヴァイの部屋を出て通路を歩いていた。亡くなった兄の話を聞けばきっと泣いてしまうだろうと思っていたが涙は出ず、どこか客観視している自分に気づく。まだうまく整理できていないからなのだろうかとも思った。

「あ、クロエ!」
『…?』
「あんた大丈夫だったのっ?」
『オリヴィアさん』

とりあえず訓練場に向かおうと思っていた矢先、通路の曲がり角から姿を現したオリヴィアがクロエの姿を見つけるなり駆け寄って来る。訓練中だと聞いていたからその登場に少しばかり驚いた。

「ヘイズとドニーも心配してたんだよっ」
『あははっ…ごめんなさい。もう大丈夫です』
「そっか、ならよかった。ドニーの奴、めちゃくちゃ落ち込んでた」
『え、いやそんな!ドニーさんのせいじゃないですから』
「あとで本人にそう言ってやって。それより兵長は?」

その言葉に、ピクリと体が反応した。

『訓練場に居るんじゃないんですか?』
「ううん、来てないわよ。あんたと居るかと思ってたんだけど」
『いえ、ちょっと前に仕事に戻るからって』
「はぁ〜?どこ行っちゃったのあの人…」

いつまで訓練続けてればいいのよと苦い顔をするオリヴィアに、同じような表情を返したクロエ。先に戻っているものだと思っていたからあのタイミングで出て行ったリヴァイが少しだけ気がかりだった。

『私探して来ます。ちょうど用もあるので』
「本当っ?引き受けてくれる?」
『は、はい。全然いいですけど…』
「ならお願いっ。ただでさえ近寄りがたくて怖いからあんまり関わりたくないのよ。じゃ、先戻るね」
『分かりました』

いそいそと立ち去って行ったオリヴィアを見送りクロエもその場を後した。



『ミケ分隊長はいますか?』
「お、久しぶりだなクロエ。元気か?」
『ナナバさんっ。はい、元気です!』
「相変わらず明るくてかわいいね、お前は」
『いえ!ナナバさんの方がいつも素敵です!』
「あははは!褒めてもなにも出ないよ」

そう言うと、自分より遥かに背の低いクロエの頭を撫で綺麗な笑顔を向けるナナバ。中性的な見た目は女性から見てもカッコ良く、またその立ち振る舞いや正義感溢れる性格から彼女に憧れを抱く者は多い。間違いなくクロエもその中の一人で、ミケの隊にいた一ヶ月ちょっとの間はよく面倒を見てもらっていた。

「今日はどうした?」
『リヴァイ兵長を見かけませんでしたか?』
「兵長を?いつも一緒にいるのに珍しいな」
『あ、いや…そんな、いつも一緒とかは…』
「連れ回されてるって聞いた。もう慣れたの?」
『怒られることにはその、慣れました』

苦笑いを浮かべながらそう言うとナナバも同じような表情を浮かべた。

「私は見ていないけど…そうか。それをミケに聞きに来たのか」
『はい。お忙しいのにごめんなさい』
「いいよ。こっちに来なさい」
『ありがとうございます、ナナバさん』

新兵に乗馬の訓練を付けている先輩たちに挨拶をし、ナナバの後についていく。少し歩くと見慣れた後ろ姿が視界に映り、それがミケ本人だと分かった。

「ミケ、クロエが来たよ」
「………」
『お疲れ様です、ミケ分隊長っ』
「どうした」
「リヴァイの居場所が知りたいんだってさ」
「リヴァイの?」
『どこを探しても見当たらなくて』

胸に手を当て敬礼をしたクロエに近づき用件を聞き出すミケ。相変わらず独特の雰囲気のある人物だがリヴァイのように近寄りがたいわけでなく、むしろ接しやすい方だとクロエは思っていた。

「いつも一緒にいるのに珍しいな」
「ほらね。やっぱりみんなそう思う」
『あはは…そんなにいる自覚はないんですが』

苦笑いを浮かべたクロエを見つめながら鼻をすすったミケ。半年前とはだいぶ変わった見た目以外の雰囲気に、成長を感じていた。

「奴ならさっき見かけた」
『え、本当ですか!?』
「ああ。…あそこにいる」

そう言ってミケが指差した先は、高々とそびえ立つ壁の上だった。


それから
(早く行ってやるといい…)


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